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③
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特に代わり映えの無い1日が過ぎ、6時になった。
帰る場所は同じだから、しばらくは一ノ瀬くんと一緒に帰る予定だ。
「……電車はもう、嫌ですよね」
帰り支度中、不意に聞かれて、俺は頷く。
電車はもう乗らなくてもいい。
というか、乗りたくなかった。
「タクシーでもいいですか……?」
控えめに問い掛けると、大丈夫です、と一ノ瀬くんは言ってくれた。俺は何となく安堵したような気持ちになって、支度を再開させる。
(疲れるな……)
ただでさえ一ノ瀬くんの隣にいることで気疲れするのに、同居だなんて考えただけで溜息が出た。
しかし、それは嫌ということではなくて、俺が意識をし過ぎているだけなのだ。
ほぼ四六時中一ノ瀬くんと一緒というのは、もう気が休まる暇も無いだろう。ずっと、一ノ瀬くんのことで頭がいっぱいになる。
「……帰りますか」
「はい……」
今から意識してどうする。
そう思うが、一ノ瀬くんの顔なんて見ていられなかった。
▽ ▽ ▽
そうして家に着くと、俺は丁寧に靴を揃えて中に入る。
そこまで気遣わなくてもいいと一ノ瀬くんには苦笑されるが、そういう訳にもいかなかった。
「………」
俺が何も言わない内に一ノ瀬くんは歩みを進めるから、俺もその後に続く。
一ノ瀬くんの家には何度も来たことがあるはずなのに、いざ一緒に住むとなると、変に緊張してしまった。
「とりあえず、色々話しましょう」
リビングに着いてから、一ノ瀬くんはそう言った。
俺はいつもと同じように、テーブルを挟んで一ノ瀬くんの目の前に座る。
「…話って?」
「そうですね。まずは、佐伯さんが俺の家に泊まる期間を決めましょうか」
(期間……)
どうしてか悲しくなった。
そうだ。
俺はずっと一ノ瀬くんと一緒にいる訳では無い。あくまで居候なのだ。
いつかは、この家を出なくてはならない。
分かってはいるが、期間なんて無くして、嫌というまで一ノ瀬くんと一緒に暮らしたいと思った。
(……また我儘)
しかし、一ノ瀬くんを困らせるようなことは言ってはいけない。
だから俺は、一ノ瀬くんとずっと一緒にいたいなどとは言わなかった。
「…一ノ瀬くんは、どのくらいなら大丈夫なんですか?」
「俺は、いつまででもいいですけどね」
一ノ瀬くんは考えることなく言う。
俺は、何も返せなかった。
(駄目だ……)
そんなことを言うから、甘えたくなってしまうんだ。
いつまででもいいって、それはずっと一緒にいてもいいってことでしょう?
そんなふうに、自惚れてしまう。
自分のいいように考えて。
「……どうしますか」
一ノ瀬くんに聞かれ、思わず本音を零しそうになるのを堪えた。
「1ヶ月……ここにいてもいいですか?」
1ヶ月。
それも長いと思う。
本来ならば、神代との関わりが無くなった時点ですぐに帰るべきなのだろうけど、それでは短すぎた。
それが確認出来たら、もう自宅に帰らなければいけない。多分、1週間程度で確認は取れるだろう。
(世良さんに頼めばすぐに……)
「分かりました。1ヶ月ですね」
一ノ瀬くんは、俺が1ヶ月もここにいる必要性が無いことなど、当然分かっているはずだ。
それでも、快く承諾してくれる。
「…1ヶ月って、長いと思わないんですか?」
しかし、本当はどう思っているのだろうかと、少し不安になって問い掛けた。
一ノ瀬くんは俺にばかり気を遣ってくれるから、実際には迷惑だなんて思っているかもしれない。
それなら、もうこれ以上の我儘は言えなかった。
「そうですね……」
すると、一ノ瀬くんは俺の目を見て笑う。
「短いんじゃないですか」
「っ……」
俺は息が止まる思いだった。
どうしてそこまで俺を自惚れさせるんだよ。
そんなこと言ったら、一ノ瀬くんも俺と一緒にいたいのだろうか、なんて思ってしまう。
「ずっと、ここで暮らしますか」
そう言う一ノ瀬くんの視線から逃れることはできなかった。
それなら、俺だってずっとここで暮らしていたい。
そんな甘えがまた頭を過るが、俺はその願望を飲み込み、抑えた。
長く一ノ瀬くんと暮らすには、まだ早いんだ。
今の俺じゃ、一ノ瀬くんを傷付けたり、困らせることしかしてあげられない。
幸せになんて、してあげられない。
「佐伯さんが良ければ、ここで俺と一緒に暮らしますか」
(無理、なんだ……)
近付き過ぎるのも、まだ駄目だ。
「……いえ、1ヶ月経ったら、自分の家に帰ります」
俺は、本音を噛み殺してそう伝えた。
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