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墓までもっていく話にしおりをはさみました!
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墓までもっていく話
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……目の前に広がった光景に、俺は息をすることすら忘れていた。
暗闇の中に、白い肌がぼうっと浮き出ていた。そしてそれは間違いなくヴァネッサだった。凝視しているうちに暗闇に目が慣れてきて、その姿が鮮明に目に焼きつく。
俺はこのときの光景を一生忘れないだろう。ヴァネッサがその長い髪を乱し、腹から血を流しながら倒れているその様を。
「な……なんで……」
無意識に零れ落ちた言葉を聞いてクシェルが眉をひそめる。
「なんで?なにもかもお前のせいだろう、ラルス」
クシェルの冷たい手が俺の顎を強く掴んできて、背筋がゾッとした。
そして、それと同時に理解した。
「ヴァネッサが全部吐いた。そして自分の罪を償いたいと、俺に泣きついてきた。俺は絶望したよ。俺が今までヴァネッサと共に生きてきたと思っていたが、俺はずっと一人で生きてきたんだな」
「っクシェル、聞いてくれ」
「言い訳か?醜いな」
言葉が詰まる。
「お前らに……、お前に、裏切られると思わなかったよ、ラルス」
クシェルの顔が悲しげに歪み、俺を見るその瞳が潤んだのを確かに見た。
皮肉かな、クシェルが初めてヴァネッサ越しではなく俺だけを見てた。
ずっとずっと俺が望んでいたことだ。
……だが、違う。こんなことを望んだわけじゃない。俺はクシェルに俺を見てほしかっただけで、ヴァネッサが死んで欲しいなんて望んでない。
全身が震えた。
しかし、こうなってしまったのは俺のせいだった。
「お前が、殺した。ラルス。お前が殺したんだ」
クシェルが低い声で唸った言葉を、俺は否定出来なかった。俺がヴァネッサを殺したの同然だ。
「お前が……っお前のことだって、今すぐ殺してやりたい……!ラルス、俺はお前を許さない」
「……ヴァネッサ」と、クシェルは彼女の名前を呼びながら膝から崩れ落ちた。
彼はまだヴァネッサを愛しているんだと気付いた。
なぜもっと早く気付かなかったんだろう。
クシェルの心の中に俺の入る隙間なんてなかった。
こうならなければ、クシェルが俺のことを見ることはなかったということを。
「……ルカ、レイ。あれは、本当に俺の子供か?」
俺はハッとして、慌てて膝をついてクシェルの顔を覗き込む。
「そ、そうだ!ルカとレイはクシェルとヴァネッサの子供だ!」
刹那、クシェルの腕が伸びてきて俺の首を掴む。
「嘘じゃないだろうな……?」
気付けばヴァネッサを刺したであろうナイフが、俺の腹に向けられていた。俺は思わずヒクリと喉を鳴らした。今のクシェルはなにをするか分からない。
「ル……、ルカは、ほんとにクシェルの子供だが……レイ、は、分からない……」
耐えきれず告白してしまった。
クシェルはすっと目を細めると、俺の首から手を離した。そしてクシェルは大きな声で笑った。それが恐ろしくて、俺は口を半開きにしてその様子を見ていた。
ひとしきり笑ったあと、クシェルは口元を歪めたまま俺の目を覗き込んでくる。
「レイの目が青く生まれてこなくてよかったなあ、ラルス。安心しただろう」
「……やめてくれ、クシェル」
「なにをだ?」
俺の目線を追って、クシェルが自分で握るナイフを見る。それで俺がなにを考えているのか察したのか、フンと鼻を鳴らした。
「レイを刺し殺しに行くとでも思っているのか?馬鹿馬鹿しい、そんなことをしてなんのメリットがある」
「は……、?」
……メリット。
「なあ、ラルス。レイだってもう理解出来る歳だ。もし……お前が、本当の父親だと知ったら、どんな顔をするだろうな」
戦慄した。
クシェルが立ち上がり、俺のことを見下ろす。俺は考えるよりも早く身体が動いていた。
「っ、やめてくれ!」
クシェルの足にすがりつき、鬱陶しそうに蹴っ飛ばされれば額を地面に擦り付けて土下座した。
頭の中に俺を慕ってくれるレイの顔が思い浮かび、涙が出てきた。
レイだけは、俺と違って汚れのない子に育ってほしいと、ずっと願ってきた。だからレイには知られたくなかったし、もし知られたときレイがどんな顔をするか想像しただけで身体が震えた。
「レイは悪くない……だから、クシェル頼む……レイには、レイには知られたくないんだ」
クシェルは少しの間のあと「自分勝手な奴だな」と呟いて、俺の背中に片足を乗せて体重をかけてくる。俺は奥歯を噛み締めて必死に耐えた。
「……なら、ラルス。あれを捨ててこい」
「え……?」
最初は彼が言っているのか理解出来なかった。恐る恐る顔を上げ、クシェルの目線を追ってようやく彼の言う「あれ」がなんなのか分かった途端、風が吹いたわけでもないのに身体がひんやりとした。
「そうだな……ああ、そうだ。森にでも放り投げてこい。あれが言うには森には人喰い狼が住んでいるらしいから、もしかしたら証拠隠滅になるかもしれん。まあ……そんなの噂話に過ぎないが他に場所もないわけだし、」
頭が真っ白になった。
……気付けば俺はヴァネッサを抱え、人の通らない道を選んで森へ向かっていた。
結果俺は、クシェルに従うことにしたのだ。
俺は人間のクズだということは分かっていた。クシェルに知られたくない次は、レイに汚い俺を知られたくなかった。ただの自分勝手だ。
でも、それでも、俺は、クシェルに従った。
「俺はお前を許さない。お前が幸せになることも、絶対に許さない」
その言葉が耳から離れなかった。
俺は、クシェルのためにこの先の人生を捧げることを決めた。でもクシェルのそばにいられることを嬉しく思ってしまう俺は、本当に穢れている。
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