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顔の熱が引かない…
先程までの出来事が処理出来ず、縁に頭を預けたまま何時までも呆けていた。
それを破ったのは、いつの間にか戻って来て中へ入っていた相楽さんだった。
〘ずっとその体制だったんですか…?〙
「…はっ…!」
〘ふふ、熱い抱擁でしたね…思わず涙ぐんでしまいました。〙
「か、揶揄わないで下さい……………………」
自分でも驚いているのだ。
あんな事をしてしまって…許される事では無い。
偶々見ていたのが相楽さんと楓さんだっただけで、それが他の使用人や…ましてや、妹…母上だとしたら…
そこまで考え青褪める。
〘…良いじゃないですか、別に。〙
「っ、良くないですよ!妹の婚約者に…!」
〘………お慕いしてるのでしょう?〙
「な、ぜ…」
それを……
絶望にも似た眼差しを向ければ、柔らかな視線が返ってきた。
〘ずっと貴方に仕えて居たのです…それ位分かりますよ。〙
「…っ…」
〘そんな悲観的にならないで下さい…私はただ、貴方様の幸せを願っているだけです。〙
「でも……俺は、男…で…」
〘だから何です?主の幸せを願ってはなりませんか?〙
「………。」
湯呑みを差し出しながら、そう言い切った相楽さん。
言い返す言葉が見つからず…無言のまま見つめる。
にこりと微笑んだ相楽さんは、湯呑みを茶托へ置き…そのまま自身にも淹れた茶を啜った。
「…し、あわせ…」
〘えぇ、そうです。〙
「…………俺、幸せになって良い、んですか…?」
〘何を仰りたいのか分かりませんが、幸せになってはいけない人間など…この世に存在しておりませんよ。〙
「………。」
じわりと胸内が温かくなった。
相楽さんは、本気で俺の幸せを願ってくれている。
その事実が如何しようもない程、擽ったくて温かくて…
〘素晴らしい勇気でしたよ…〙
「…っ…」
そう微笑まれ、引っ込んだ筈の涙がまた出ようとしたのを慌てて抑え込んだ。
淹れられたお茶を啜り、ほぅ…と息を吐く。
嗚呼…暖かい。
〘少なからず、私は貴方を応援してますからね。〙
「はい…」
例え全人類に受け入れられなくとも…
こうして身近な人間に受け入れられれば、それで良いのかもしれない。
『では、また…』
[はい…あの、愁様。]
『………。』
遠慮がちに袖を捕まれ、彼女を見下ろす。
潤んだ瞳に赤く色付いた頬…
それを見ても、思い浮かべるのは愛しい彼の顔。
『……また来るよ。』
[お身体にお気を付けて…]
背に回されかけた女人らしい細い腕。
ぱっと身を離し、にこやかな笑みを浮かべれば…少しだけ拗ねた顔をしながらも大人しくしてくれる。
扱い安い子で良かった。
〈愁様、迎えの用意が完了致しました。〉
『ん、今行くよ。』
踵を返し、振り向きもせずに馬車へと乗り込んだ。
楓が合図を送れば直ぐに走り出し、颯爽と門から離れて行く。
見送りも兼ねて彼女はずっと立っていたが…一度も視線は送らなかった。
庭の僅かな隙間から、離れにあるあの円窓が見えた。
途端にあの時の光景が思い浮かび、身体が熱くなる。
嗚呼…あの時間だけは忘れたくないな。
強く、強く返してくれたあの細腕も…
右耳から伝わった、彼の嗚咽も…体温も。
全て忘れたくない。
〈……愁様は残酷ですね。〉
『何を根拠に…』
〈だって、妹の婚約者って立場でしょう?それなのにあんな〉
『楓。』
〈…っ…〉
思いの外低く出てしまった声に笑いそうになったが、楓は顔を強張らせて黙り込んだ。
『俺は…ずっと彼しか見ていないさ。』
〈……そうですか。〉
『ああ。』
ずっと…ずっと。
彼を見た当初からずっと。
彼女との関係を利用していれば、彼に会えるんだから…
酷な事だとは重々理解しているつもりだ。
それでも、彼と会えなくなるくらいならば…死んだって良い。
そう思える程、俺は彼に溺れている。
『今夜は…良く眠れそうだな。』
〈………。〉
静かに目を瞑り、揺れる馬車に身を委ねそう呟いた。
出来ればあの時の光景をもう一度味わいたいものだ…
〈…ま……様……もーー!!起きて下さい愁様!!〉
『んー……五月蝿いな…』
〈アンタが起きないからでしょうが!!〉
『はいはい、起きた起きた…なに、もう着いたの…』
軽く欠伸をして馬車を降り、屋敷の門を潜った。
ふ、と目に入った植え替えたばかりの燕子花…
約束を思い出しまた笑みが溢れる。
嗚呼駄目だ、今日はずっと彼が頭を占めている。
嬉しいと思う反面、このままでは仕事が手に付かなくなるぞ…
なんて…他人事のように思った。
『ふぅ…』
湯浴みやら全てを終わらせ、あとはもう寝るだけだ。
今この瞬間に、彼の声を聞けたらこの上なく幸せなのだが…
まぁそれは今急くことでは無い。
今日はとても良い日だった。
彼にあんな触れられた事。
彼の笑みを何時になく見られた事。
彼の体温を感じられた事。
彼と約束をした事。
彼と想いが通じた事。
『ははっ…』
嗚呼…とても良い日だった。
改めてそう思いながら、目を瞑る。
愛しい愛しい…我が想い人、如何か夢に現れてくれ。
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