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あの後、どうやってこの間へと戻って来たのかは分からない。
夢だったのかもと思ったが、足が痛いのを感じて…あれは夢ではなかったのだと実感する。
『………。』
俺は、彼に会えたのだ。
思い出す度に涙が出そうになる…
〈おはようございます。〉
『あ、あぁ…おはよう。』
〈……本日はご帰宅なさった後、ごゆっくりなさって下さい。〉
『え…?いや、確か今日は…』
予定があった筈じゃ…
そう言いかけた俺に、勢い良く詰め寄った楓。
ご丁寧に襖を閉め切ってまで…
〈良いですか、アンタの足は凍傷寸前!出歩くのは勝手ですけどせめて履物は履いてください!〉
『ぅっ…』
〈それと!〉
『ま、まだ何か…?』
〈足跡くらい、消して行きなさい。〉
『………。』
つまり、昨日の事は楓に気付かれている。
『す、すまな』
〈謝罪は結構!〉
『………。』
〈……無事にお会い出来て、何よりです。〉
『楓…』
〈たーだーし!次は無いですからね。〉
『…あぁ。』
言い終わった楓は、何処か嬉しそうだ。
喜ぶ所など無かったとは思うが、これ以上口を開けば叱られそうなので黙っておこう。
お言葉に甘えて、今日はゆっくりしなくては…
身支度を終え見送りに相楽が立っていた。
彼もまた、何だか嬉しそうにしている。
なる程…
最初から気付かれていた訳だ。
頭が上がらないな…
〘愁様、昨日はありがとう御座いました。〙
『……あぁ、また来るよ。』
〘ふふ…お気を付けてお帰り下さいませ。〙
違和感の無い会話だけれど、俺達にのみ通じる会話。
お互いに微笑み合い、俺は馬車へと乗り込み…藍染家を後にした。
〈はぁ……他の者に気付かれてないかヒヤヒヤしましたよ。〉
『ごめん、もうしないから…』
〈…偶になら、良いですけど。〉
『!』
〈ほんっっと、たまーーーーーに…ですよ。〉
『ふはっ、甘やかされてるなぁ…俺。』
彼にも会えたし、もう少し頑張ってみようか…
粘り強く行けば…また何時か、ああやって会えるかもしれない。
「…………。」
朝餉の準備の最中、何度かあの事を思い出しては止まり…
慌てて消し去っては作業をする…
そんな事を繰り返してる内に、白米を炊いている筈がお粥になってしまった。
まぁ、体調が優れないから丁度良いか…なんて都合良く解釈しなければならない羽目に。
「はぁ………」
〘おや、やはり料理は難しいものですか。〙
「!!」
突然聞こえた声に飛び退き、振り返る。
そこには大量の薪を背負い込み、大きな籠を携えた相楽さんが立っていた。
「さ、相楽さん?!如何して此処に…」
〘いえね、私の代わりになった係の者が居ましたでしょう?〙
「ぇ…あー、はい。」
会話をしつつも、竈からまだ火の点いた薪を取り出し暖炉へ移したと思えば…背負っていた薪束も数本放り込んだ。
すると…みるみる内に暖炉が仕事をし出す。
なる程、そんな手もあったのか。
〘その者が余りにも請け負った仕事をしないものだから、等々私が戻されたのです。〙
「えっ…」
いつの間に沸かしたのか、お茶を淹れ終えた湯呑みを俺に差し出し…ニコリと微笑む。
〘つまり、また木蘭様に使える事になりました。〙
「!!!」
〘もう一度…よろしくお願い致します。〙
「ほ、本当ですか?!」
〘ええ、しっかりと百合様から申し付けられました!〙
「〜〜〜〜っ!!」
なんと嬉しい事か。
声にならない喜びに、思わず泣きそうになる。
あの日から涙腺が崩壊してしまったのか、気を抜けば緩んでしまう。
慌てて居住まいを正して、相楽さんの方へ向き直る。
「此方こそ、よろしくお願い致します…」
〘…はい!〙
「ここ数ヶ月で、如何に相楽さんが優秀だったのかを痛感したので…」
〘ふふふ、そうでしょうそうでしょう…!〙
「でも…」
〘?〙
「良い経験でした…包丁は怖かったですけど、料理はそこそこ楽しかったです!」
〘………。〙
「あれ?相楽さん…?」
何か粗相でもしたのだろうか…
目頭を押さえて固まってしまった。
〘ンン゛ッ……すみません。〙
「い、いえ……あ、でももう暫く自分も色々経験したいので…差し支え無ければ、ご教授お願いします。」
〘………成、長……〙
「え?」
〘いえ、何でもありません……でしたら、厳しくさせて頂きますよ。〙
「えっ……あー…お、お手柔らかに…?」
〘ふふふっ、冗談です。できる範囲でお願い致します。〙
「…はい!……っ、ゲホッ…」
〘木蘭様?!〙
咳き込む俺の背を、優しく相楽さんが撫でる。
水を差し出され飲み下せば、少しだけ落ち着いた…
「す、すみません…」
〘……いつから、また?〙
「えーっと……すみません、正直分かりません…」
〘…直ぐに医師を呼びましょう。〙
サッと立ち上がり、離から去って行った相楽さん。
戻って来て早々に申し訳無いな…
すっかり暖かくなった室内は、本当にいつ振りだろう。
やはり一人ではまだまだだった、と言う事か。
ちょっと悔しい…
「……相楽さーん。」
〘はい!如何されました?!〙
「…庭の剪定、一緒にやりましょうよ。」
〘……先に医師に身体を見てもらってからです!〙
「はーい。」
〘全く…〙
困った様に笑った相楽さん。
でも、何処か嬉しそうで…俺も嬉しい。
久し振りに、まともな会話をした気がする…
良かった、俺はまだ死んでなかったみたいだ。
凍傷寸前だった足もすっかり癒えた頃、楓から良い報告を受けた。
どうやら、相楽が彼の元に戻ったらしい。
嬉しそうに話す相楽が五月蝿かっただの何だの言っていたが、それを話す楓の顔は和らいでいた。
勿論、それを聞いた俺はこれでもかと微笑んでいたけれど。
『良かった良かった…』
〈なーんも良くないです。何ですかこれは!〉
『お、届いたか。』
楓が手に持っていた文を奪う様に受け取った。
〈ま、まさか…〉
『残念ながら違うよ…相手は相楽だ。』
〈はぁ?!〉
『おや、嫉妬かい?』
〈んな訳無いでしょうが!!ってか、何で相楽?!〉
『彼との文は禁じられてるけど、近況くらいは聞いたって構わないだろう?』
〈だ、だとしても……えぇ……?〉
愚痴愚痴と呟いている楓を、無視して…俺は自室へと向かい届いた文の封を切った。
彼との直接的な文は出来ないけれど、相楽が戻ったのであれば近況報告をしてもらおうと決めていた。
けど、それを伝える間もなく向こうから送ってくれたのだ。
流石相楽…言わなくともそのつもりだったらしい。
『どれどれ…』
挨拶文も早々に切り上げられたかと思えば、直ぐ様彼の事が綴られていた。
如何やら相楽が不在時に、家事を行うことが気に入ったらしく…積極的に加わってくれるとの事。
成長を感じられて何度か泣きそうになります……?
『はははっ!相楽も大変だなぁ…』
嗚呼、そうかそうか…彼は成長しているのか。
おやおや、何故か俺も泣きそうだ。
長々と成長記録の様な物が続き、俺も時折笑みを零しながら読み進めた。
残り数枚程となっていたが、熱量的に全て似た内容だろうか…
そう思いながら、また一枚を背に送った。
『………。』
次に綴られていたのは、彼の身体についてだった。
彼の痣が進行している事。
それによって身体が蝕まれており、吐血を繰り返している事。
鎮痛剤にも似た処方箋を飲み…何とか過ごしているらしい。
それでも、余命云々は綴られて居らず…一先ずは安堵した。
『そう、か……』
あの痣は…進行していくものだったのか。
安堵したとは言え、そういった事も頭の隅に入れて置かないといけない…か。
震え出しそうになる指先に力を込め、最後の文まで読み切り頭に入れた。
もう少しだけ…彼との時間を増やしたい。
その為に俺が出来る事は何だろうか…
もう過ちは侵さない。
彼の身体の事も考慮して、これ以上負担を掛けないように…
『……時間が惜しいよ。』
溜息混じりにそう呟き、最後の文へ目を通す。
相楽の字ではないそれは…
如何考えても、彼の字だった。
『………。』
俺の体調を気にする文章に、自分はとても元気だと言う文章。
この調子だと、きっと相楽が伝えている事は知らないのか。
嗚呼…愛しい。
綴られた字面を指先で撫で、口付けをする。
会いたい…けれど、会えない。
彼はいつもこんな気持ちだったのか…
苦しいなぁ、苦しい…
彼は強く生きている、生きようとしている。
出会った時はあんなにも暗い瞳をしていた彼が…
いつ死んでも可笑しくない、と心の何処かで願っていたであろう彼が。
それならば俺も…彼に恥ずかしいと思われぬよう努力するのみ、だ。
不甲斐ない俺を許してくれ…
過ちを侵してしまった俺を許してくれ…
君の傍に居られて、遠くからでも姿を見られる様に…
〘木蘭様、そろそろお休みになさっては?〙
「ん、そうですね…また明日続きをやります。」
庭の剪定を相楽さんの助言と共に進め、気が付けば辺りは暗くなりかけていた。
集中していたから全く気付かなかった。
〘湯浴みの用意もしてあります、ごゆっくり身体を温めて下さい。〙
「ありがとう御座います…!」
いそいそと室内に戻り、着替えを手に風呂場へと向かった。
やはり相楽さんが居てくれて良かった…
昨日迄はこうして何かに集中した後、自分で準備するのが面倒で…後回しにしていた時も多々あった。
嬉しいなぁ…戻って来てくれて。
それにしても、母上はよく戻そうと思ったな…
あのままだったら、野垂れ死にするのも覚悟の上だったのに。
そもそも…母上から頂いた文にも書いてあった通り、彼に近付いていた事も知った筈だ。
それなのに殺めやしなかった…
一体どういう事だろう。
「ふぅ…」
考えた所で聞ける訳でも無い…
生かされるのであれば、それに肖って生きて行こう。
湯船に浸かって、疲労と共にその思考は流れて行った。
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