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❖にしおりをはさみました!
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「絹井さーん、いらっしゃる?」
看護室という部屋があることは知っていたが、ここを利用するのは初めてだ。
目の前がふらついて壁に背をつけていると、美里さんに肩をたたかれてハッとする。
「ゆっくり休んで、もしそれでも辛かったら早退しなさい。課長へは私から話しておくから」
「すみ、ません」
「大丈夫かい? ベッドがあるから、横になっていいよ」
看護師の絹井さんにベッドへ案内され、倒れるように横になった。
少し気分が悪い。
体が鉛みたいだ。
「名前聞いてもいいかい?」
「椎名です……椎名優斗」
「椎名くんね。顔が赤いから熱計ってみようか」
赤外線の体温計を取りだすのが見えて目をつぶる。
冷たい機械が額にふれるとピッと音がして離れた。
「7度5分、だね。喉が痛いとかある?」
「いえ……手のふるえ、が」
「あ、もしかしてキミ、松本くんの部下の子かな?」
「え? は、はい。そうです」
どうして100人近くいるこの会社で分かったのか疑問だが、冷えたタオルを首の下に置かれてビクッと体が反応する。
「すいま、せんっ」
「大丈夫大丈夫、ごめんね。冷たかった?」
「……」
恥ずかしすぎる……
他人にふれられるのは一向に慣れない。
体調が崩れているときは尚さらだ。
「松本くんから少し話を聞いてたんだ。キミの症状を緩和させる方法とか色々教えてほしいって」
「へ……そうなんですか」
「うん、本当は椎名くん本人がいるとちゃんと診れるんだけど、こういうところに来るのってちょっと勇気いるでしょ?」
そんなことまで、あの人は……
じわりと目頭が熱くなり枕を抱きしめた。
「苦しいのは椎名くんのせいじゃないから、辛くなったら気軽にきていいよ」
「……ありがとうございます」
「ここでは本格的な薬をあまり出してあげられないから、代わりに行動、認知療法やカウンセリングなんかもおこなってるんだ。だから安心して休んでね」
優しい声色だけで眠ってしまいそうだ。
絹井さんは30代半ばくらいで、柔らかい髪質をしている。
好青年といういい方がしっくりくるかもしれない。
「椎名くん、まだ20代前半なんだ〜。若いなぁ……松本くんがあんなに可愛がってるのも納得だ。若いのに1人で頑張ってきたんだね」
「頑張って……ないです」
「ふふ、自分を追いつめるまで頑張る人ほどそう言うんだよ。みじめに感じなくて大丈夫」
そっと頭をなでられて、頬に雫がこぼれた。
心地よさに意識が遠いていき、眠りにつく手前で絹井さんの手をにぎっていた。
「____す」
なにか聞こえる。人の会話。
やけに楽しそうな声だ。
「ははは、僕も実は気になっていたんだよ。エサはたしか擬似だってね?」
「みたいですよ〜。釣りなんて高校以来してないですけど」
「僕も大学以来だなぁ。今度一緒にどうだい? 椎名くんも」
「ええ、ぜひ行きましょう」
あれ……この声、亮雅さん……?
ぼやけた視界に人影が2つ。
近くにいる影に手を伸ばすと、柔らかい肌にふれた。
「おう、目が覚めたか」
「……松本、さん?」
「亮雅でいい。この人、知ってる口だ」
「へ……?」
途端に視界がクリアになった。
笑顔の絹井さんと目が合い、俺はフリーズした。
「ごめんねえ、椎名くん。元々、精神科が専門でLGBTの知り合いも多いんだ。キミに会って確信が持てたけど偏見はないから、気にしないで」
「亮雅、さん……っ」
ひどい安心感で亮雅さんの手を抱きしめる。
「色々話してくれたみたいで、ありがとうございました。絹井さんに話していてよかった」
「いや、僕も椎名くんと会えて嬉しいよ。松本くんから聞いていた通りの頑張り屋さんみたいだしね」
「……俺、そんなに頑張ってますか」
「ああ、不器用なのに必死に頑張って空回りしてるタイプだ」
「……」
もう嫌だ、地に埋まりたい。
「はは、みんなが放っておけないのも無理はないなぁ」
「本当ですよ。ふるえ、治まったか?」
「はい、もうなんとも」
むしろ亮雅さんの優しい視線に再熱しそうだ。
悔しいくらいに顔がいい。
少女漫画の世界なら軽く100人は殺してる。
亮雅さんに支えられて看護室を出たが、心臓が痛い。
「こっち見ないでください」
「なんでだよ」
「熱が、でる……」
「病原菌扱いすんな。お前もう帰れよ、んなエロい顔してまともに仕事できんのか?」
「えろって……そんな顔、してない」
「調子悪かったらすぐ帰れ。学童も俺が寄る」
甘えたい。亮雅さんの優しさに。
なにもしない自分への罪悪感は忘れて、この寛容さにすがりたい。
きっとバチは当たらない。
そう自分にいい聞かせた。
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