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「……あ、あのさ」
「ん? なに」
盛り上がっている浅木たちに声をかけるのは至難の業だった。
同じ空間にいるのに人の輪に入るのが苦手な性格を恨みたい。
「いや、やっぱりなんでもない」
「どうしたの? 椎名くん。遠慮しなくていいんだよ」
「そうだぞ椎名。いつもだったら脚蹴ってくる鬼婆じゃん」
浅木のスネを蹴り上げた。
「痛いッ……! マジで鬼! いってぇ!」
「浅木に聞こうとした俺が馬鹿でした。もういいです」
「先輩教えてください。オレ、先輩が我慢してるところは見たくないです」
桜田の真剣な目に「うっ……」と弱気になった。
本当に犬みたいだ。忠実で従順な。
「……たいしたことじゃない、けど。どうしてそんなに、仲良くなれるのかなって。名前で……呼び合うとか」
途端に恥ずかしくなった。
なにを聞いているんだ、社会人2年目。
「え?」
「あ、うそ。いいから……忘れてくれ」
「…………プフっ」
「アハハハ! やばいっ、ハハ、ツボったぁ……!」
「ッ」
一斉に2人が笑いだし、絹井さんも微笑ましげに見てくる。
死にたい。誰か殺してくれよ。
「待って……椎名かわいすぎ。そんな悩みもってたんっ?」
「し、仕方ないだろっ。小学生の頃から苦手だったんだよ、友達作るのとか……っ」
「椎名先輩……もはや天使じゃないですか」
「今度から優ちゃんって呼ばなきゃ」
「殴るぞ、浅木」
ギロ、と睨むと「ほら、そういうとこ〜」と逆に諭された。
「ふふ、そうだね。椎名くんはもっと肩の力を抜いて気楽にしてみたらどうかな? 緊張感がダダ漏れだよ」
「っ、は……はい」
「いひひひっ……ひゃあーっ、おもしろ」
「……」
だから煽るな。
浅木と正反対に落ち着いている桜田が肘をついてフッと微笑んだ。
それが逆にやりづらい。
「先輩がよかったら、優斗先輩って呼んでいいですか? さすがに高校から尊敬していた先輩を呼び捨てはできないので」
「……いいよ、べつに」
「ありがとうございますっ」
歓喜の声を上げて浅木にピースして見せる桜田。
2人の世界観はよく分からない。
「ただいま」
「ゆしゃーんっ」
玄関に駆けてくる陸と、キッチンから聞こえる油の跳ねる心地いい音。
今日は日曜日ということもあって亮雅さんと陸は家にいた。
小さい体を抱きしめて「ただいま」ともう一度言うと、陸が顔を上げる。
「ぶふっ」
「ゆしゃんのまね〜っ」
「ちょっと待って、だからなんでドーナツが目になってんの」
「ゆしゃん、こんなめめしてた」
「してないからぁ。今日の夕飯はなに?」
「からあげとねえ、スパゲティサダラっ」
スパゲティサダラ? なんだそれ?
甘えたがりな陸をおぶってキッチンへ行くと、パスタサラダがボウルに作られていた。
サダラって……いちいち可愛いな。
亮雅さんの手料理は世界一おいしい。
食べなくても分かる。
「ただいま、亮雅さん」
「おう、おかえり。おい陸、優斗はまだ怪我が治ってないんだぞ」
「たかいたかいぃ」
「あはは、大丈夫です。全然軽いんで」
異常なほど心配性だ。
余裕がない亮雅さんはなんだか可愛い。
なんて言ったら「やめろ」と嫌がりそうだ。
「あたまスリスリする」
「くすぐったいって」
「ゆしゃんもドーナツあげるぅ」
「自由人か」
ああ……楽しい。
不意に本心からそう思った。
家族ってこんなに温かくて幸せな気持ちにしてくれるものなんだ。
「あの……亮雅さん」
「ん〜?」
「今日、初めて……浅木が俺のこと名前で呼んだんです。俺も、初めて呼びました」
「おーい、付き合い始めみたいなこと言うなよ。泣くぞ?」
「ち、違いますよ! 友達みたいなの……ちょっと憧れだったから、嬉しくて」
頬が熱くなる。
実質、初めての友達なわけだ。浅木と桜田は。
「ふ……へえ、よかったじゃん。優斗も一歩前進したな」
「っ、はい」
「ただし、お前に告ってきたやつをダチにするのは浅木と桜田くらいにしろよ。あの2人以外は信用ならねえ」
「……2人のことは信用してくれるんですね」
「まあな。あいつらはバカみたいに友人思いだ。お前が嫌がることはそうできねえだろうよ」
桜田の言っていたことは本当だ。
亮雅さんは後輩や部下のことを悪く言わない。
毒舌さはあるが年下にも敬意を持って接しているような。
益々惚れてしまう。
一体どこまでできた男なんだろう。
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