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89. VSオカマ…? 《side:Rika》にしおりをはさみました!
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89. VSオカマ…? 《side:Rika》
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狭い箱の中で、こちらの都合など関係なくにじり寄ってくるオカマ。朗らかに笑っていても口元は小刻みに震え、青筋まで浮かべそうなほどに怒る。
あ、これはまずい……そう思った時には遅く、桃の蹴りが太ももを強打する。殴ると言ったくせに蹴るなんて、ルール違反だ。
「だッ……、お前!慧を落としたらどうすんだよ!」
「あら。そうならないように軸足じゃない方にしてあげたじゃない。感謝されても責められるいわれはないわ」
「誰が蹴られて感謝するんだ……」
「だって顔を殴ったらウサギちゃんにも気づかれちゃうもの。可愛い子が悲しむところなんて見たくないの、あたし」
俺が痛がるのは見たいのかよ、とは言わない。言ったら何倍にも言い返されるのが分かっているからだ。
「あー、俺だって誰かを蹴りたい気分なのに」
軽くため息を1つ落とし、右半身を寄りかからせる。微かにしびれ始めた腕が慧の重みを伝える。けれど我慢していると、階数表示の画面を見つめていた桃が言った。
「いつ蛇光を殴るかと思って見てたけど。さすがのリカも女には手はあげないのね」
そこにはもう敬称はなく、あの人のことを良く思っていないのが明らかだった。
「それはアウトだろ。しかもあの女なら、必要以上に騒ぎ立てるだろうし。診断書まで持って、責任とれって脅してきたらどうする」
「そうよねぇ。自分のしたことは棚に上げるくせに、相手を責めるんだもの。いやぁね、醜いわ……好きになれそうにない」
慧を起こさないよう声量を落とした声で会話していると、上へと昇るエレベーターは止まることなく目的階へとたどり着いた。先に降りた桃が歩いて数歩、その足を止める。
かと思えば、持たせていた俺の鞄をこちらに放り投げてきやがった。俺の胸を殴打した鞄が、慧の胸元に落ちる。
「こんにちは」
桃のよそ行きの声に汚れた服を鞄で隠し、それなりに身を正す。そして目の前を見ると、そこには同じフロアに住む住人の姿が。
降りた俺も桃の横に並び、よそ行きの声と顔で告げる。
「こんにちは」
「まあ、珍しい。こんな時間に大熊さんと獅子原さんと……それから…………慧くん?!」
腕の中にいる慧を見た表情が驚きに変わる。そしてその視線を俺に移し、どういうことだと問いかけてきた。
「実は体調が悪いようで、ついさっき倒れてしまって」
苦笑しつつ答え、さりげなく身体をずらす。吐き戻したのは悪いことではないけれど、慧自身はあまり知られたくないだろうと判断したからだ。
「大丈夫?うちの孫も風邪をひいたらしくて……流行ってるのかしらねぇ」
「かも知れませんね。そう言えば、お孫さんの模試はどうでした?」
「それはもう、今までで1番の出来だったわよ。さすが現役の先生に教えてもらっただけあるわ。今度きちんとお礼させてね」
「いえ。困った時は助け合いですから」
ふふふ、と嬉しそうに笑う目の前の女性。それは同じフロアに部屋をもつ老婆で、俺や慧よりも先にここに住んでいた人物。そしてマンションで1番の発言力を持つ女性。
数年前にご主人に先立たれ、今の楽しみは近所に住む友人や孫との時間だけ。その孫も今年、受験を迎える。
「僕で良ければ、いつでも声をかけてください。勉強を教えるのは得意分野なので」
俺はその子の勉強を時々みてやっている。もちろん2人きりではなく、この婆さんも同席させて。余計な面倒事を起こさないための予防策だ。
「獅子原さんに教えてもらえるなんて、うちの孫は幸せねぇ……それに大熊さんも。大熊さんの助言のおかげで、絶対に譲らなかった先方も折れてくれたし」
彼女の意識が桃へと移る。すると桃は、彼女に向けて大きく頷いた。
「それは良かったです。本音を言うと、交通事故での示談交渉は専門外なので不安だったんですが」
「大熊さんまで謙遜しちゃって。こんな男前に頼まれたら、向こうのご婦人も喜んで示談にしてくれたわ。うちの息子じゃ、こうはならなかったわね」
「ははっ。息子さんは口下手なようでしたしね。でもお母様に似て真面目で、礼儀正しい。育て方が良かったんですよ」
「そう言ってもらえると報われるわぁ……あの頃は主人が仕事ばかりで……って、ごめんなさい。慧くんを早く休ませなきゃあね」
廊下の端に身体を避け、俺たちを先に通そうとしてくれる。それに礼を告げ彼女の横を通り、俺は足を止めた。
チラリとこちらを見る桃が嫌そうな顔をするけれど、わざとらしく笑ってみれば諦めたのか、ため息をついて顔を背けられた。
「そう言えば……下で蛇光さんにお会いしましたよ」
蛇光さんの名前を出した途端、和やかだった雰囲気が変わる。さっきまで孫のことを思い、息子を案じていた彼女から笑顔が消え、代わりに現れるのは険しい嫌悪。
「彼女もどこかへ出かけるようでした。相変わらず綺麗な服を着ていたので」
「…………あの人がねぇ」
「蛇光さんのご主人も鼻が高いでしょうね。あんな美人な方とご結婚できて」
「それはどうかしら。実はね、ここだけの話なんだけど」
そこにはもう慧の身を案じて話を切り上げた老婆はいない。蛇光に対する文句や噂話、批評に酷評。老婆自身の個人的な恨みまで混ぜ合わせ、蛇光さんのしてきた愚行が明るみになる。
女の敵はいつだって女。それは女だらけの職場で働くのは大変だと、毎日のように愚痴を言っていた母さんの言葉だ。
それから『ここだけの話』なんてものは存在しないってことも。
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