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夜見
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「代表」
「ん」
重厚な机の向こうで、緊張した面持ちの伊集院―いじゅういん―が頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「いや、別にいいよ。わざとじゃないし、そんなに気にしてないから。
だから…いい加減にしなね、夜見―よみ―」
「…」
伊集院の手を握りしめていた夜見が小さく俯いて、その手を離した。
…カラン
床に落ちたのは、血の付いたガラスの破片。
「医務室に行って治療してもらいな」
今の今まで握りしめていたんだ、きっと、彼の掌はぱっくり切れているだろう。
「はい、失礼します」
それでも表情を歪めないから、夜見に嫌われるんだ。
似てると思われてると、思い込んで。
ほとんど音も無く締まった扉を見て、夜見に視線を移す。
「夜見」
「…」
椅子の横に近づいて来た夜見が、怯えた子供みたいな目でこちらを見る。
「何度も言ってるね、僕は。血で汚れると、落とすの大変なの。お金かかるの」
分かっているのか聞き流しているのか分からないが、夜見はとりあえず頷いた。
「だからね、ああいう事したら駄目。分かった?」
ふるふると頭を振り、机の上を指さす。
「あれはしょうがないじゃない。わざとじゃないんだし」
納得がいかないのか、指を指したまま動かない。
「…はぁ、じゃあもう帰れ。今日はもう帰れ。話の通じない人は嫌いだよ」
一応、今日は、と付け加えてあげたのに、途端にぼろぼろと泣き出す夜見が、とても面倒くさくて、とても愛おしい。
「煩いな。泣いたふりなんて、勘違いしてる女みたいだ。ますます帰ってほしい」
もっと泣かないかな。そう期待して、突き落とした。
だけど…そんなに泣かなかった。可愛くないな。
腰を上げて、大仰にため息をつきながら、血に濡れたガラスを拾い集める。
慌てたように、でも泣きながら夜見が手伝おうとする。その手を掴んだ。
「夜見って指も綺麗だよね、折って良い?
ほら、綺麗な花って、手折りたくなるじゃない。
それと同じだよ」
途端に、握っている手が震え出す。
前に怒って爪を剥がしたのを、身体が覚えているのかなぁ。
「何てね、嘘だよ。折るくらいなら切り落とすから」
握っていた手を開いて、夜見の手も開かせて、ぺたりと手と手を合わせた。
「あぁ、でも僕の方が指は長いね。でも汚れちゃった。だからもう終わり」
血のついた手を離すと、にちゃ、と粘着質のある音がして、待って、というように夜見が指を曲げて、不格好に僕の手を掴む。
「何?ここ掃除しなくちゃ。誰かが汚したら、誰かが掃除する。じゃないと汚いまま」
当たり前じゃないか、何でこんな事教えてるんだろう。
夜見は何かを言いたげにゆるゆると視線を彷徨わせて、小さな声で、言葉を紡いだ。
「…ごめ、なさぃ」
「良い子。やっとごめんなさいできたね。偉い偉い」
ぎゅぅ、っと、小さな頭を胸元に引き込んで、さらさらとした髪の毛を撫でる。
「あ、こら。力抜くんじゃないの。もう」
軽く。とか、身を任せるように、とか。
その位だったら可愛いのに。
夜見はいつも頭を撫でると、全身から死体みたいに完全に力を抜ききる。
本人曰く、きもちいから、だそうだが、なら撫でるのを止めたら力も入っていい気がする。
暫くそうやって夜見を抱っこしてあげてると、扉がノックされて、夜見がそちらを睨んだ。
「何」
「失礼します」
入って来たのはまた伊集院だった。
にしても良く聞こえるな、意地悪で小さい声しか出さなかったのに。
「あら、もう手の処置してもらったんだ。優秀だね」
「恐縮です」
「君がしてどうすんのさ。優秀なのは医療班だよ、馬鹿」
「失礼しました」
「別にしてないけどね、で、何?」
夜見の身体をゆるゆると揺する。じゃないと寝るから、この子。
「さっき報告が来たんですが、報道関係が一人、入ったみたいです」
「ここ?」
「はい」
「馬鹿だね。若いんでしょ」
「はい。恐らくは二十くらいかと」
「お、僕らよりも年下かもね」
夜見は容姿だけなら中学生と見紛うけど、僕だって高校生くらいだ。
銀色の髪の毛がさらさらと、夜見の顔の上を滑る。
少し長すぎるかな、女の子みたいだし、キスの時邪魔かも。
手で優しく避けてあげて、小さい口の中に指を入れる。
くちゅくちゅと掻き回して遊びながら、話を続けた。
「どこの?」
「まだ吐きません」
「持ち物から見てもわかんないって?」
「そう報告が来てます」
私はそうは思いませんけど。
伊集院の顔にはそう書いてある。そりゃそうだろう。
こんな事何回もある、数えきれない程、何回も。
それで死体が出来上がる、けれど、入って来た時の人数よりも、大体いつも一人分多い。
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