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回想(リンside)
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グスッ……。
流れてくる、涙だか鼻水だかわからない液体を、必死に手の甲で拭った。
屋敷の敷地から抜け出し、裏の森に逃げ込んでから、数時間。
すっかり日が落ち、厚い木々の隙間からわずかな月明かりが差し込んでくる中で、寒さに震えながら膝を抱えていた。
下の兄弟達は自由に遊べるのに、なぜ自分だけが興味のない勉強漬けの日々を送らなければならないのか。
我慢に我慢を重ねた末、たった一度、父に意見したら、問答無用で思い切り頬を叩かれた。
幼い身体は勢いに負け、椅子から転がり落ちた。
『痛……っ』
慌てて駆け寄ってきたばあやを押しやり、畳みかけるように罵声が降ってくる。
『おまえはここの跡継ぎなのだから、他と違って当然だろう! まったく、おまえ達が甘やかすから、ロクでもない子供が育つんだ!』
『も、申し訳ありません……!』
『夕食は抜きにして、納屋にでも閉じ込めておけ』
反省するまで出すなと言い置いて、父が去っていく。
折れるほどに腰を折り曲げて、泣き出しそうな顔で見送るばあやに、自分のせいでそんな顔をさせてしまったのかと、たまらない気持ちが込み上げた。
『ばあや、ごめんなさい……っ』
『坊っちゃん、やめてくださいな。何も悪くないのに、謝る必要なんてないでしょう?』
労わりに満ちた笑顔に、コクリと頷いた。
『旦那様はリン坊っちゃんに厳しすぎます』
『どうして、お父様はぼくにきびしいの……?』
『期待してらっしゃるからですよ』
『きたい?』
『坊っちゃんならできると、信じてくださってるんです』
『そう……』
なら、父が怒るのは、自分が期待を裏切っているせいなのか。
精一杯やっても、褒められたことなど一度もない。
母は病弱で、暖かい土地にある別荘で静養しており、年に数回会えるかどうか。
ばあやはやさしかったけれど、いつも父の顔色ばかりうかがっていて、満たされない思いは膨れ上がり、張り詰めた心が悲鳴を上げた。
父の命令だからと申し訳なさそうに納屋に独り残されて、気づけば緩んだ木材の隙間から、無我夢中で逃げ出していた。
ぐぅ……。
お腹が空いた。
食事は待っていれば出てくるものだと思っていたが、屋敷を飛び出した今、生まれてはじめて飢えの恐怖を知った。
このまま何も食べられなかったら、死ぬのかな……?
くしゅん……。
その前に、寒さでどうにかなりそうだ。
カタカタと身体が震えた。
先刻降った雨を吸い、服は絞れるほどに濡れてしまっている。
帰らなきゃ……。
思ったが、うまく身体が動かなかった。
もう、いいか……。
どうせ帰ったって、苦しいばかりの日々が待っているのなら、ここで終わった方が、苦しみは少なくて済む。
かわいい弟や妹、大好きな母の顔が次々と脳裏をよぎる。
ごめんね……とつぶやきながら、そっと目を閉じようとした時だった。
辺りが淡い光に照らされ、何かが目の前に降り立った。
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