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出会いは秋でした 10
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「今すぐ出る」
机の前を走るように過ぎるミカにジルは驚いて立ち上がった。
「午後の約束はすべてキャンセルして」
「運転―」
「いい。ひとりで行く。あとは任せるよ。すまない」
ミカは駐車場へ降り、車に乗ると、カーナビに先ほど電話で聞いた住所を入力し、アクセルを踏み込んだ。
2時間以上も車を走らせて、ミカは海のそばに立つ警察署に到着した。
普段では有り得ない雑な駐車をして入口に駆ける。
そして、電話をくれた署員に連れて行かれたのは病院だった。
「こちらです」
ベッドの上に横たわるのはまぎれもなくアルだ。
痛々しい傷を負い、顔色は悪いが、記憶の中と寸分違わぬアル。
「たったひとつの所持品がこれでした」
差し出されたのはビニール袋に入った、ミカの手書きの仮社員証。
くしゃくしゃになり汚れているが、間違いなくミカの書いたものだ。
説明によると、アルは、どうやらその日の宿にしようとしていた家で暴行されたらしい。
道端に倒れているところを通行人が発見し、通報に至ったのだという。
幸いにも命に別状はなく、調書を取る間も意識はあり、きちんと話も出来ていた。
今は疲労から眠っているのだろう、と彼は言った。
ミカはアルが、もう意識の戻らぬ状態なのかと悲嘆しかかったが、そうではないと知って心の底から安堵した。
「では、私は署に戻りますので」
ミカは彼に礼を言うと、そっとアルの頬を撫でた。
今まで運が良すぎたんだよ、アル。
こんなことは僕に出会う前に起こっててもおかしくなかった。
こんなことになる前に僕のものになってほしかった。
アルは怪我が治ったら、また‘帰る場所’を探す旅を続けるのだろうか?
それとも、これに懲りてやめるのだろうか?
旅をやめたら僕と暮らして欲しい。
でも、どうしても続けるなら今度こそこれを渡そう。
ミカはアルの置いていった携帯電話を握りしめた。
そして、自分のスマートフォンを取り出し、GPS追跡アプリを開く。
ポインターは現在位置と重なっていた。
「…ん…」
アルが身じろぎして、うっすらと目を開けた。
「あれ…ミカ…? どうして…?」
「アル…!」
ミカはアルの頭をかき抱いた。
「アル。アル…! アル!」
そして、傷を避けて顔中にキスをする。
「アル」
「夢なの? これ…」
「夢じゃないよ。アル、会いたかった。生きてて良かった」
「俺に会いたかったの?」
「もちろんだよ」
ミカの手に握られた仮社員証を見つけて、アルはそれに触れた。
「これ…」
「持っててくれたんだね。ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。俺もミカに会いたかった」
弱々しく微笑むアルが痛々しくて、ミカが涙をにじませる。
「会いたいから、これ、ずっと持ってた」
「来れば良かったのに。電話してくれたら迎えに来たのに」
「うん、そうなんだけどさ、そこまで甘えていいのかな、とか」
「遠慮はいらないよ」
「それに、見つけてから会いたかったんだ。見つかったよって報告したかったんだ」
「まだ見つかってないんだね?」
「うん」
ミカはためらいながら、恐る恐る聞いた。
「じゃぁ…、また探しに行くの…?」
アルは目を閉じてゆっくり深呼吸すると、再び目を開け、まっすぐミカを見た。
「うん、行きたい」
決意のこもった瞳だ。
それを見て取って、ミカが顔をくしゃっと歪ませて必死に笑顔を作ろうとする。
やはり行くのか。
せっかく会えたのに。
でも、アルの決めたことだ。
送り出すべきなんだろう。
「そうか…行くのか…」
「うん、行きたい。それは山々なんだけどさ…、左腕、骨にヒビ入っちゃって、しばらくは無理そう。だから、治るまで厄介になっていい?」
ああ、もう、この子は…!
ミカは歓喜のキスをした。
優しく唇を食むようなキスを、何度も何度も。
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