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アルは秘書1年生 1
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「はぁ…」
「申し訳ありません」
盛大なため息をついたジルの前で、アルはこれ以上ないくらいに身を縮めた。
ジルはそんなアルに目もくれず、紙面をにらみ、眉間のシワをほぐすように額を揉んでいた。
「仕方ないわ。私のミスでもあるのだもの」
ジルはイスから立ち上がると、机の向こうに立つアルに「いらっしゃい」と言って奥のドアへ歩いた。
ノックして入るとミカはいつも通り笑顔で迎えてくれる。
しかし、それも2人の神妙な顔付きに少し陰ってしまった。
アルに至っては神妙を通り越して萎縮している。
「どうしたの?」
あまり見ないアルの表情に、ミカはジルにそう聞いた。
「社長、申し訳ありません。明日のパーティーですがダブルブッキングしてしまいました」
アルがジルの下で秘書として仕事を教わり始めて、まだ1年にも満たない。
しかし、その前はミカの意向で社内の各部署を数年かけて経験させた。
だから、秘書としてはヒヨコでも社員としてはヒヨコではない。
当然、スケジュール管理など出来て当たり前だ。
しかし、先方のキャンセルや違う相手からの招待が重なりダブルブッキングとなってしまった。
「私がチェックしなかったのが原因です」
「違います! スケジュールを組んだのは私です。ジルに責任はありません」
「いいえ、アル。あなたの監督は私に任されています。私の責任です」
「まぁまぁ」
責任の擦り付け合いならぬ奪い合いになっている2人に、ミカは苦笑しながら口を挟んだ。
「起きたことは仕方ないよ。責任はどうでもいい。とにかく、‘どうするか’でしょ?」
「あ、はい」
ミカは事あるごとに口癖のように言う。
『反省はいらない。どうするかを考えるのが先。どうすれば良かったかは後で考えて今後に活かせばいい』
これがミカの考え方だ。
ジルはミカに向き直ると提案した。
「社長にはどちらも欠席していただきます。大変申し訳ないのですが、明日は午後から体調不良になってください。パーティーには代わりの者を行かせます」
「そうだね。どちらかに出席して、どちらかを欠席すれば角が立つし、ハシゴするにも、どちらを先にしたかで印象が変わっちゃうからね」
アルは内心、体調不良なんて嘘ついていいのか!?と驚いていたが、経験の浅い自分には口を挟む資格は無いだろうと黙っていた。
萎縮してしまっているアルを他所に、ジルとミカは代役の人選にかかっている。
「アル」
どうやら何度も呼ばれていたようで、アルはハッとして顔を上げた。
「アル、失敗は誰にでもある。もちろん少ないほうがいい。でも、最大の失敗はそこから学ばないことだ。ジルから吸収しなさい。こういう時の対処方法を。人選だって、きちんと根拠があるんだよ?」
ミカは静かにそう言った。
笑顔ではないが責めるのでもない。
社長としての顔。
厳しさを、教える者としての柔和さで包んだ顔だ。
「はい、社長」
謝罪の言葉が出そうになるのをアルは飲み込んだ。
今は謝る時ではなく学ぶ時だ。
失敗を糧にしろと教えてくれてる、またとない機会だ。
今は謝る時ではない。
アルはヒヨコらしくあろうと、2人の手元を覗き込み、会話に耳を傾けた。
翌日。
とは言うものの、初めての失敗に、そうそう切り替えがうまくできる訳はなく、
「はぁ…」
小さくため息をつくアルを、ジルはじろっと睨んだ。
それから、ちらりと時計を見るとアルに言った。
「社長と一緒に帰りなさい」
「はい?」
突然、前触れもなく下った命令に、アルは自分に言われたのか?と紙面から目を上げた。
「え? 私…ですか?」
「そうよ。全然仕事進んでないじゃない。しかもため息ばかりで、聞いてるこちらの気分が重くなるわ」
「あ、すみません」
「社長は午前中だけで帰宅するから、あなたも一緒に帰りなさい」
「でも」
そう言い淀むアルに、ジルはぴしゃりと言った。
「いつまで引きずってるの」
そして、アルの机の上の書類を取り上げ、それに目を走らせながら続けた。
「それでまた別のミスをされたら困るわ」
「あ…はい…」
「社長は午後から体調不良になるの」
ジルは紙面からアルに視線を移した。
「だから、ご自宅まで送って差し上げて」
そして、にやっと笑うと、
「もちろん、看病もね」
と、自分の席に戻っていった。
彼女の心遣いがわかって、自分を不甲斐ないと思いつつ、アルは礼を述べた。
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