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指輪の無いプロポーズ 5
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ミカはいくつかの方法があると説明した。
ひとつは何らかの事情で出生が届け出られていなかった場合と同じ方法。
つまり、新たにアルの市民籍を作り、身分証明書を取得するというもの。
もうひとつはアルをミカの養子にする方法。
これはアルが確たる身分を持っていないことが前提。
最後の方法はちょっと強引。
市民籍も何もないけど18歳ということにしてミカとパクスする方法。
ただ、これは難しいだろうというのがミカの見解だ。
ミカはアルには言わなかったが、どの方法をとっても大丈夫なように、すでに弁護士には相談済みで、アルの身元は人を使って割り出そうとしていた。
さすがに非合法なことまではしていないが、それなりにスレスレのこともしてもらった。
しかし、結局アルの身元は分からずじまいだった。
ミカはこのことはアルに告げるつもりはない。多分、生涯。
だが、これからすることはアルに告げずにはできない。
ミカはアルを傷付けないように、慎重に言葉を選んで説明した。
「アル、どの方法をとるにしても今すぐ決める必要はない。焦らず、ゆっくり考えて。だけどね、どれにしても、どうしてもアルにしてもらわなきゃならないことがあるんだ」
アルの瞳が不安そうに揺れる。
「嫌だったらそう言って。方法はいくらでもある」
「…うん…」
何を言われるのだろうとアルは身構えて頷いた。
「あのね、アル、診断書が要る。病院へ行って、君が記憶喪失だと証明しなくちゃならない。そして、診断されれば、警察の行方不明者リストと照合しなければならなくなるだろう」
つまり、身分証明書を取得するどの方法をとるにせよ、アルは病院と警察に行かねばならない。
しかし、ミカはアルがどちらも拒否した場合のことまで考えていた。
そうなったら秘書にはできないが、一生そばに置いて養おう。
そう決めていた。
「アルとしては疑われてるみたいで嫌な気持になるよね。すまない。でも」
「ううん。ミカ、ありがとう。いっぱい俺のこと考えてくれて。行くよ、病院も、警察も」
多分、行方不明者リストには載ってない。
警察もアルの家族を見つけることはできないだろう。
ミカはそれをわかっていて、それでもアルに確認した。
「もし、警察で君の身元が分かったら、どうする? 家族のもとへ帰る?」
そんなことさせたくない。
しかし、アルが未成年者だとわかって、それを言うことはできない。
ミカは苦しい胸の内を悟られまいと、笑顔を作りながらアルの答えを待った。
「それが…、順当だよね…」
家族が見つかったら、きっと嬉しいのだろう。
そして、それこそが本物の‘帰る場所’のはずだ。
長い迷子生活が終わるのだ。
喜ぶべきだろう。
しかし、アルはそれを想像できなくて、そして、自分がそれを望んでいないと気付いた。
ミカと共にいる方がしっくりくる。嬉しい。その未来の方が喜べる。
それは記憶がないゆえ? 慣れによるもの?
アルは家族が見つかったら帰るべきだとわかった上でミカに答えた。
「…でも、…嫌だ」
ミカは嬉しいと感じ、同時に己を責めた。
アルの幸せを喜べないなんて。
自分のものにできる方を喜ぶなんて。
しかし、それでも満足してしまった。アルの反応に、答えに。
独占欲が自分にもあるのだとミカは自覚した。
本音を言ってしまいたい衝動に駆られ、しかし、ミカは何とか踏みとどまった。
「ありがとう。でも、アル、帰るべき場所は…分かってるよね?」
「うん…」
アルが潤んだ瞳でミカを見上げた。
「…そしたら、ミカ、もう会ってくれない?」
「どうして?」
「だって、もしかしたら凄く遠いかもしれない、俺の家。そしたら会えない。そんなの寂しい」
寂しい―その言葉にもミカは独占欲が満たされるのを感じた。
自分もそうなったら寂しいだろう。
同じ思いを感じてくれるのか。
ミカは後ろ暗いとわかっても、嬉しさを否定しなかった。
「寂しいね。でも、全く会えないわけじゃない。遠くたって会いに行くし、会いに来て。それに、アルの年代なら学校に行って、今しかできないことをやるべきだよ。その後で僕の秘書になったっていい。それからでも間に合うよ」
「ミカ…」
アルの瞳からとうとう涙がこぼれた。
「やだ。俺、ミカとがいい。ここにいたい。でも家族に会ったら、気持ち変わるのかな? それも嫌だ」
ミカは宥めるようにアルにキスをした。
「焦らなくていいよ。あれもこれも一遍に考えなくていい。まだまだ分からないことだらけだ。ひとつひとつ、やっていこう?」
突然、増えてしまった選択肢。
突然、見えてしまった足元から延びる人生という道。
しばらくは、この不安定な気持と付き合っていかなければならない。
事実、収まるまでかなりの日数を要した。
そして、気持ちだけでなく諸々の実際的なことも収まるまでには、かなりの時間が必要だった。
ー・-・-・-・-・-・-・-・--・-・-・-・-・--・-・--・-・-
脚注
パクス:同性カップルでもできる準結婚制度です。
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