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アルは人気者 1
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「はい、ありがとうございます」
昼前の秘書室でアルは受話器を置くと、ジルに「下に行ってきます」と断って席を立った。
「ありがとう」とジルに見送られアルは階段を下りて行った。
ミカの会社、ウィリアムズ商事は小さいながらも自社ビルを持っている。
ミカの父が起業した時は台所用品の輸入と国内業者への卸から始めた。
最初は鍋やフライパン、フードプロセッサー、その後、規制があって少々取り扱いが難しい洗剤等に手を広げ、常温で流通させられる食品、紅茶、コーヒー、食器へと扱う範囲を広げた。
そして、卸だけでなく小売りを始めるにあたって、立地等の条件を考えて現在のビルへ移転した。
1階で小売りのための店、ヴォトルキュイジンヌを開き、最上階に住居を構え、中間のフロアにオフィスを置き、余分のスペースは賃貸に出した。
経営は軌道に乗り、温度管理の必要な食品も扱うようになり、個人客も増え、自社で扱う食品や食器、調理器具を使う喫茶店を1階にオープンしたのは、ミカの父が亡くなる数年前のことだった。
1階にあったヴォトルキュイジンヌは2階に移し、住居にしてたフロアを賃貸に出し、彼は会社から少し離れたところにアパルトマンを建てた。
万一、会社が立ち行かなくなった時のために、アパルトマンは会社名義ではなく個人資産にした。
その時にはすでに離婚していたので、ワンフロア丸々を使った住まいを見て、ミカは父が再婚する予定でもあるのかと思っていた。
しかし、そうならずに彼は他界した。
その広いアパルトマンでミカが独り暮らしするようになって数年後、そこにアルが住み始めた。
そのアルは今、1階の喫茶店、サロン・ド・テ ヴォトルキュイジンヌのカウンターで店長から大きなトレイを受け取り、礼を言うと秘書室へ戻っていった。
「開けてください」
ドアの外から聞こえたアルの声でジルはドアノブに手をかけ、トレイで両手の塞がった彼を入れてあげた。
アルとジルの昼休みはミカに合わせて多少前後する。
だから少々時間が経っても大丈夫なものを、朝の内に喫茶店に頼んでおいて、出来上がると連絡が来るので、こうしてアルが取りに行っている。
ジルが折り畳みのテーブルを広げてアルがトレイを置くと仕事を再開し、ミカが切りの良いところで社長室から出てくるので、そこで3人のランチタイムとなる。
「お待たせ」
ミカが来るとアルが紅茶を入れてテーブルに置いた。
「ありがとう」
そう言ってジルも椅子に座る、
ミカは大抵、日替わりサンドイッチ。
今日は卵、レタス&トマト、チーズのミックスのようだ。
食事をしながらの談笑はほっとする。
確かにここはビジネスの場で、社長と秘書という序列は存在する。
しかし、ジルはミカにとって小さな頃から良く知る世話になった人であり、アルは恋人だ。
ジルにとってもミカは息子同然で、アルはその家族。
ただの上司部下という割り切り方はできない。
「そういえば今週でしたよね、小学生たちが来るの」
「そう、水曜と木曜日。楽しみだよね」
ジルに笑顔で答えるミカに、アルも「可愛いですよねぇ」と同意した。
近隣のいくつかの小学校で授業の一環として、親の職場へ見学に行くという行事が毎年行われている。
今年も1日目午前は社内全体の案内と見学、午後が親と一緒に仕事を体験、2日目午前も同様に過ごし、午後にミカを交えて質疑応答があり、親と一緒に帰宅するというプログラム。
食品を扱う会社であるため、未来の顧客をつかむ目的で、2日とも昼食は1階の喫茶店で作られたものを会議室でミカと共に摂ることになっている。
これはミカも毎回楽しみにしているイベントで、社員からも好評だ。
それほど大きな会社ではないから社内はアットホームな雰囲気な上に、ミカも社長然としていないので社員からも親しまれている。
そこへもってきて子供も交えてのイベントだ。
なかなか社長室から出られないミカと社員の距離もさらに縮まる。
「彼等が来ると社内が明るくなるよね」
ミカは笑顔でサンドイッチを口にした。
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