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pour toujours 1
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「おはよう」
「…ん…」
髪を撫でられてミカがゆっくりと覚醒する。
自分を見下ろす優しい笑顔。
朝、目が覚めて一番最初に見るのが愛しい人の微笑みであるとはなんと幸いなことか。
ミカは嬉しくて笑顔を返すと降ってくるキスの後、返事をした。
「おはよう」
これからミルクを温めるからゆっくり起きてきて、と言ってアルはキッチンへ戻った。
ミカは言われたとおり、ゆっくり起き上がり、伸びをして着替え始めた。
年齢のせいで動きは緩慢になったが身の回りのことは全てできる。
今でも料理は彼の趣味だし、仕事から一切手を引いてからは家事のほとんどが彼の仕事になった。
車の運転は止めたが、ひとりでバスに乗り公園まで行ってペタンクを楽しんだりもしている。
図書館にも良く行くし、他人の手を煩わせることなく生活できている。
時々、ヴォトルキュイジンヌの喫茶店へも顔を出す。
ペタンク仲間を引き連れて行くこともあるから、ミカはお得意様だ。
今ではウィリアムズ商事はミカが社長をしていた頃のビルでは手狭になり、ヴォトルキュイジンヌを駅に近いテナントビルに移転させた。
オフィスは移転せず、賃貸に出していたフロアとヴォトルキュイジンヌだったフロアをリノベーションしてオフィスに使い始めた。
経営は順調だ。
「はい、どうぞ」
テーブルの向かいからアルがカフェオレボウルをミカの前に置く。
いい香りだ。
ミカにとってもアルにとっても馴染み深い朝の匂い。
休日の朝はこうしていつも通りに幕を開けた。
今日は外でランチしてから買い物に行こうとミカが言い出して、アルが掃除をしている間にミカが洗濯を済ますと、2人でサンドイッチを作って公園に向かった。
夏が終わって秋に向かい始める時期、外で食べるランチは格別だ。
晴れて日差しが眩しいのに暑くなくて、でも風は冷たくなくて心地良い。
2人はベンチでサンドイッチを広げた。
「アル、誕生日に何か欲しいものある?」
アルの誕生日は来月だ。
ミカは毎年素敵なプレゼントをくれる。
アルはいつもミカのセンスの良さに驚いていた。
ミカから誕生日を祝ってもらうのは今年で何回目だろうか。
50回近いなと思い至って、アルは感歎にため息をついた。
約半世紀この人と一緒にいるのか。
その間、何の波風も立たず全てが順風満帆だったわけではない。
それでもアルのミカへの敬意と愛は変わることがなかったし、ミカもそれは同じだった。
今年のミカの誕生日にアルはプレゼントに添えて80本の薔薇の花束を贈った。
ミカは年齢と同じ数の薔薇を見て、「もうそんな歳になったんだね」と感慨深く微笑んだ。
その時、ミカは言った。アルと出会えて本当に良かった、と。
あの日、アルと出会ったのは偶然だった。
それがまさかこれほど長く共にいて、生涯を過ごすことになるとは思っていなかった。
そして半世紀近く苦楽を共にし、支え合って生きてきた。
ミカは言った。幸せだったと。
過去形で言わないでよ、とアルは照れ隠しに言ったものだった。
『そうだね。現在進行形、そして未来進行完了形だ』
ミカはそう言って心底嬉しそうに笑った。
そのミカが今、隣に座って晴れた空の下、一緒にサンドイッチを食べている。
アルも幸せだな、と感じた。
買い物を済ませ帰宅すると、ミカは少し疲れたと言ってベッドに横になった。
昼寝も今のミカには珍しくない習慣だ。
アルはキスすると寝室のドアを閉めた。
バルコニーに干していた洗濯物を取り込み、畳んでソファの上に置く。
今は起こしたくないから仕舞うのは後にしようと思い、アルは読みかけの本を手にソファに腰かけた。
誕生日に何が欲しい?と聞かれてアルは返事を保留にした。
特に欲しいものがあるわけではないし、ミカがくれるなら何でも嬉しい。
何にしようかな…、それともミカに任せようか?
アルはふと紙面から目を上げ、時計を見た。
今日の昼寝は長いな。
夜眠れなくなるといけないから起こしに行こうとアルはソファを立った。
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