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arbre généalogique ~mére~ 10
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ミカとアルのフィンランド滞在も残り24時間を切った。
明日は少し早めの昼食を共にしたら空港へ向かう。
ヘリュに会えるのは最後かもしれない。
話は尽きないし、名残惜しいのは山々だ。
しかし、フランスに帰らねばならない。
ミカは前日より遅い時間にアルと共にゲストルームへ戻った。
「…僕はやっぱり冷たいのかな…」
「どうして?」
ベッドの端に座るミカの横に腰かけて、アルはミカを抱き寄せた。
「まだ、母と呼んでない」
「でも、初日よりは打ち解けてるよ」
「そりゃ、まぁ…。でも、違うんだ。死にゆく人を喜ばせたいっていう、なんていうか、ボランティア精神みたいなのがほとんどで、息子としての気持ちが、まだ湧いてこないっていうか…」
アルはミカの背をなだめるように撫でた。
ミカの言わんとしていることは分かる。
だが、その深さ、重さまで共感することは難しい。
否定はしない。
しかし、どう答えるのが正解なのか分からない。
自分が言えるのは浅い言葉だけだろう。
それでも、ミカがミカ自身の感情を肯定できないのなら自分は『それでOKだよ』と伝えたい。
言い方ひとつで傷付けるかもしれないが、アルはミカの背を撫でながら口を開いた。
「仕方ない、…って言ったら身も蓋も無いけど、普通の反応だと思うよ。何十年も離れて暮らしてて、ミカにしてみたら初めて会う人なんだから、こんな数日で母子になれるわけないし、気に病むことは無いと思うけど…」
ミカがアルの体に腕を回した。
縋りつくかのようにぎゅっと。
「…うん…」
「ミカはお母さんて呼びたい?」
「出来ればね」
ため息まじりの答えは可能性が低いことの表れなのか、自力ではできないと思っているからなのか測りかねたが、アルはミカの額にキスをすると少しだけ話をそらしてみた。
「あのね、ミカ、ここに来た日はミカとヘリュ、ちょっと似てるかもしれないなくらいにしか思わなかったんだけど、今はやっぱり親子なんだなって思う」
「なんで?」
「笑う時のね、目元がそっくり。悪戯っぽい顔したヘリュを見た時はミカに良く似てるって思った」
「そんなに?」
ミカは意外だという表情でアルを見上げた。
「うん。きっと他の人もそう思ってるよ」
まだ驚いた顔のミカに優しく微笑んで触れるだけのキスをする。
そして、アルはミカを抱きしめた。
「少し、ミカが羨ましくなった。それから、嬉しくなった。ミカは父親を亡くして、だけど母親とはこうして会えた。生きてる内に会って、話ができて、ハグして、一緒に過ごせた。それは幸せなことだと思う。ミカが幸せで、俺は嬉しい」
ゆっくりと、気持ちをひとつひとつ取り出すように話すアルの声が、ミカの内に一滴また一滴と落ちて広がり波紋を作る。
「俺はヘリュをお義母さんと呼びたい。ミカを生んでくれた人だからお礼を言いたい。ミカのお父さんには会えなかったから何も言えないけど、せっかく言えるチャンスがあるんだから、ヘリュにはありがとうって言いたい」
そうだ。ヘリュがいたから自分が生まれた。
ヘリュが生んでくれたから、こうしてアルと出会えた。
ヘリュには自分も礼を言いたい。
何の引っ掛かりも無く湧き起こる至極シンプルな謝意。
稚拙な言い方しかできないかもしれない。
それでも、作った笑顔で言う『ありがとう』よりは伝わるだろう。
無理にではなく、今、自然と胸にある温かさを渡したい。
他人ではなく息子として、子供のように真っ直ぐな『ありがとう』を。
最後かもしれないから努力して息子らしく、なんて、きっとヘリュにはすぐに気付かれる。
だから、繕わずに。
ミカはボランティア精神ではなく、無理せずにそう出来そうな気がして、アルに「ありがとう」とキスをした。
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