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隣に男がいるという緊張感から開放される間もなく、時刻は午後7時を回った。残業だ。
今日は思うように作業が進まない。
一方で、初出勤にも関わらず、一ノ瀬くんは俺の隣で残業をしていた。ほとんどの人が定時退社しており、社内には俺と一ノ瀬くんしか残っていない。
「…佐伯さん」
「……っ」
隣にいると一ノ瀬くんがいつ話し掛けてくるのか分からず、その度に肩が跳ねた。
「なんですか」
もう挙動不審なのはバレている気がする。
「佐伯さんの仕事、何か手伝えることありますか」
そして、以前まで何をしていたのか知らないが、一ノ瀬くんは作業効率が良く、様々な仕事をすぐに終わしてくれた。
しかし、もし一ノ瀬くんが女性なら相当助かっていただろうが、彼は男なので、こちらの仕事がはかどらない。
俺は居心地の悪過ぎさに、もう帰ってもらうことにした。
「えっと、すみません。こんな遅くまで残らせてしまって。もう大丈夫ですので、帰っていいですよ」
一ノ瀬くんから目を伏せ、適当な作り笑いで答える。一ノ瀬くんの眼差しが怖かった。
「そうですか」
すると案外素直に、一ノ瀬くんは資料やらをカバンに仕舞い、帰る支度を始めた。
俺は安堵から、ホッと息を吐く。
だが、一ノ瀬くんは何かをふと思い出したようにカバンからスマホを取り出した。思わず身構えてしまう。
「…あの、LINEのID教えてもらっていいですか」
一ノ瀬くんが立った状態から顔を覗き込んでくる。
「ごめんっ……!」
俺は反射的に椅子から立ち上がり、一ノ瀬くんから距離を取った。
「…なさい」
一ノ瀬くんは不思議そうに俺を見ている。
失礼……だよな。
「佐伯さん?どうかしましたか?」
「あ……」
どうしよう。うまく頭が回らない。
もう一回、ちゃんと謝るべきだろうか。ちゃんと謝って……いや、その前にLINEのIDが先だろうか。
「あの…」
早く、何か、言葉を繋がなければ。
「佐伯さん、LINEのID教えてください」
しかし、俺が何かを言う前に、一ノ瀬くんが先に口を開いた。何事も無かったかのように、スマホを操作している。
「ああ、はい…」
俺は呆気に取られながらも、デスクの上のスマホを手に持った。
一ノ瀬くんは、こんな俺のことを何も思わないのだろうか。そう思った。
「ここに置いておくから、ID登録してください」
俺は出来る限りそっと、一ノ瀬くんのデスクにスマホを置いた。
一ノ瀬くんは何も言わず、俺のスマホと自身のスマホを交互に見ている。
「………」
「…………」
そして登録作業が終わったのか、一ノ瀬くんはスマホを俺のデスクに返した。しっかりホーム画面に戻してくれて。
「ありがとうございます。では、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
パソコンの画面に集中してる風を装うが、男の手が近くに近づいたというだけで集中なんて出来ていない。
一ノ瀬くんはスマホをカバンに戻すと、あとは何も言わずに社内を去って行った。
その後、足音も聞こえなくなって、本当にひとりになった頃、俺は右手で顔を覆う。
「何やってんだ、俺……」
そんなことをひとりで呟いた。
初対面の相手に、あんな見え見えの態度で避けられるなんて一ノ瀬くんも思ってもいなかっただろうな。本当に申し訳ないことをしたと思う。
明日はしっかりと謝りたい。謝らなければならない。
「はぁ……」
とりあえず溜息を吐いた。
パソコン作業に戻る前に、俺はスマホを先に確認する。一ノ瀬くんからは登録されてあるから、こちらからも一応登録を完了した。
一ノ瀬くんの登録名は、丁寧にも一ノ瀬遥斗とフルネームだ。俺は佐伯と名字だけ。
すると登録して間もなく、一ノ瀬くんからLINEが来た。
『一日ありがとうございました。明日からも宜しくお願いします。お疲れ様でした。』
文章までもが真面目で、すごく罪悪感を感じてしまう。既読してしまったから、俺はすぐに返信することにした。
「………」
なんて返せば良いのか迷ったが、当たり障りの無いようなことが無難だと、スマホの画面に触れた。
『先程は失礼な態度で申し訳ありませんでした。こちらこそ明日からも宜しくお願い致します。お疲れ様でした。』
「…いいか」
少し堅かったかな、と思いつつも、俺はスマホの画面を落とした。
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