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③
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翌日。
昨日は一ノ瀬くんの事があって、なかなか眠ることが出来なかった。お陰で、夕食も作れなかったし、何より寝不足だ。
まぁ、朝食は取ってきたけども。
「ふあぁ……」
だが、ちゃんと7時30分通勤は守る。
腕時計の針は7時21分を指していた。あと8分だが、駅から会社は近いし、歩いてすぐに着く。
大抵の人は電車で来るが、俺は、会社の近くまではタクシーで来ていた。
そして、この通勤、通学の時間帯は、サラリーマンやら学生やらがごった返していた。同じ会社の人も、ちらほら目に付く。
「佐伯さん、おはようございます」
「おはようございます」
その中には、当然生駒さんもいた。いつも通り、どこか抜けているようなところが変わらない生駒さんだ。シャツの襟が、微妙に立っている。
「生駒さん、襟、直した方がいいですよ」
「え?」
生駒さんは襟が立っていることを確認すると、途端に赤面してすぐに直した。ついでに自身のあちこちを見渡す。
何だかすごく、女の子って感じがした。
「すみません!ありがとうございます」
「いえ」
生駒さんはバリバリ仕事が出来るという訳では無いが、こんな性格でもどこか憎めないとこがあった。それは社員の皆も同じで、彼女は男女関係無く好かれている。
「…もう着きますね!」
そんなことをしているうちに、既に目の前には高いビルがそびえ立っていた。
▽ ▽ ▽
「おはようございます」
俺と生駒さんは同時に入社した。時計の針は7時30分丁度。この時間帯の顔触れもいつもと変わらない。
──はずだった。
「おはようございます、佐伯さん」
はずが、そうでは無くて。
俺のデスクの隣に、一ノ瀬くんがいた。いや、いて当たり前なのだが、出勤時間にはまだ早い。
俺はその場で固まってしまった。
「佐伯さん?」
横から生駒さんの手が伸び、俺の肩を叩く。俺はまた一ノ瀬くんを避けていると思われないように、いつものように自分のデスクへと向かった。
「…すみません、大丈夫です」
「そうですか」
生駒さんとも分かれる。
「おはようございます」
デスクに着くと、一ノ瀬くんに不審がられないよう、自分なりに自然な挨拶をした。一ノ瀬くんは頭だけ下げ、パソコンに目を遣る。
「………」
この男性は良い人なのか、悪い人なのか、男性と関わる時にはまず、そんな先入観から入ってしまう。
しかし、俺も一応教育係だし、何か話しかけた方が自然なのか?そんなことを思い、つい一ノ瀬くんを凝視した。
果たして、一ノ瀬くんは良い人なのか。
一ノ瀬くんは真剣だ。真剣に仕事と向き合っている。そういったところは良い人なのかもしれない。
だけど、その無表情な顔から何かを読み取ることはできない。何を考えているのかが分からない。
表面上は良い人のふりをしているかもしれないが、本性は悪い人なのかもしれない。もしそうだったら。
それが、怖い。
「………っ」
すると一ノ瀬くんは視線に気付いたらしく、こちらを向いた時にバッチリ目が合った。
「何か?」
一ノ瀬くんの低い声が耳に響く。
俺は瞬間、頭の中が真っ白になって、視線を逸らした。何とかやり過ごせないだろうか。
なんて、また逃げ腰。
「えっと……」
一ノ瀬くんはまだこちらを向いている。そして、
「はぁ……」
溜息。
「っ……」
俺が悪いと分かっていても、一ノ瀬くんの溜息に身体が強張った。
早く、謝らなければいけない。それは分かっているのに、何を言ったらいいのかが分からない。増々頭が混乱した。
やっぱり、一ノ瀬くんは悪い人?
怖い人?
何をして来るのか、分からない。変なことして来る?
変な憶測ばかりが、何の根拠もなくぐるぐる回った。
すると一ノ瀬くんは、スマホを手に取り、何かを操作し出す。
〜〜♪
その後に、LINEの通知音。
確認すると、そのもとは一ノ瀬くんだった。一ノ瀬くんはスマホの画面を見たまま、俺には視線を寄越さない。
『何か用ですか?』
内容はそれだけ。しかし、一ノ瀬くんが気を遣って言葉で話し掛けて来ないことは理解出来た。
少しだけ、安心する。
その反面、俺はまた罪悪感に駆られつつも、一ノ瀬くんに返信した。
『すみません。出勤時間、早いんですね。』
何とか、落ち着いて返すことが出来た。
だが、一ノ瀬くんの表情は依然変わらない。
もうほんとに、駄目な人間だなぁ。
なんで年下の子に気を遣わせちゃってるんだろう。しかも会社の新人に。悪い人だなんて、失礼過ぎる。
きっと俺は、一ノ瀬くんに良く思われて無いんだろうな。
俺の気持ちは酷く沈んだ。
そうやって落ち込んでいると、一ノ瀬くんからLINEが返って来る。
『俺入社したばかりなので、部長に佐伯さんの出勤時間聞いて早めに出勤しました。佐伯さんが迷惑で無ければ、毎日早めに出勤したいと思います。』
真面目だ。正直驚く。
『いえ、早く来て頂いた方が助かります。ありがとうございます。』
本当は自分だけの仕事ならひとりの方が集中出来るのだが、さすがに早く来なくてもいいだなんて言えない。
すると、
『佐伯さんは今日、残業していきますか』
突如変わった内容が届く。
「え?」
変な質問だな、と思いながらも、返信した。
『分かりませんが、残った方がいいですか?』
恐らく、仕事の内容などの確認がしたいのだろう。一ノ瀬くんは結構、仕事熱心のようだ。
『はい。お願いします』
『分かりました』
そこでやりとりは途切れ、一ノ瀬くんはスマホをデスクに置いた。
俺からも特に用は無い為、電源を落とし、スマホはいつもの位置に戻す。
「大丈夫かなぁ…」
ふとそんなことが口をついた。
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