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気まずい関係①
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分からない。
なぜ一ノ瀬くんはあんなことを言ったのか。せめて金曜日にでも言ってくれれば良かったのに、一体今日はどんな顔をして会えばいいと言うのだ。
とにかく憂鬱な気分で、朝の通勤路を歩く。
昨日のことなんて、思い出すだけで気持ち悪かった。
あのままキスされたらされたらで気持ち悪いが、微妙なところで止められるのも気持ち悪い。結局のところ、何がしたかったんだろう。
「困ったな…」
どうやって会社に入ろう?
一ノ瀬くんに話し掛けられたらどうしよう?
というか、俺から話し掛けるべき?
一ノ瀬くんが初出勤して来た日から、生活のほとんどが一ノ瀬くんペースだった。家に帰っても、一ノ瀬くんのことが頭から離れない。こんなのじゃいけないって言うのは理解しているのだけれど。
朝っぱらから、頭の中は悶々としていた。
「おはようございます」
結果的には、いつも通り出勤した。
やっぱり、一ノ瀬くんは先に出勤している。
昨日のことがあり、何をされるのか分かったもんじゃないし、俺は恐る恐るデスクへ向かう。
「…おはようございます、佐伯さん」
「おはようございます…」
意外にも、一ノ瀬くんは普通だ。特に変わった様子も無い。
俺は安堵し、まずはパソコンを起動させた。
▽ ▽ ▽
そして、俺が出勤してから数時間が経過した。
「…佐伯くん、これ隣の部署に持って行ってくれるかな」
「あ、はい」
部長の元を離れようとした時、山積みになったダンボールの箱を指差した部長に呼び止められる。
こういうのは大抵、台車とかで持って行くよな。
「あの、台車とかって…」
「あぁごめんね。台車は別の部署に置いて来てしまって」
部長は申し訳なさそうに笑う。
これは、台車を持って来るより、抱えて持っていった方が早いだろうか。
「そうですか」
俺はダンボールの山を眺めた。
一体中に何が入っているのは分からないが、見る限りではギリギリ一度で運べる個数だ。まだ仕事は残っているし、雑用で時間を取られる訳にはいかない。
「よいしょ……と」
一気にダンボールを持ち上げると、思っていたよりも重さは無かった。中身は、小物とか何かだろうか。
前がよく見えないが、俺は部室を出た。
「…っと…」
この会社は社員が多く、廊下と言えどもたくさんの人とすれ違う。勿論、男性は稀にしか目にせず、ほとんどが女性社員だ。
だが、隣の部署と言っても距離が近い訳でもなく、安定して歩くために神経を使った。社員の方々は、自然に俺から避けてくれる。
俺は、何とかぶつからないように避けて歩いた。
はずが。
「ぅわっ…!」
他の女性社員と肩がぶつかり、ダンボールのバランスを崩す。
やばい、これは倒れる!
「あっ…」
「……危ないです」
しかし、どういう訳か倒れない。
ダンボールの横から顔を覗かせると、一ノ瀬くんが倒れそうなそれを支えてくれていた。
まさかの人物に驚くが、この荷物の量に身動きが取れない。
「一ノ瀬くっ……」
彼は、相変わらず無表情だ。
俺とぶつかった女性はすみませんとだけ頭を下げ、足早で去って行く。
「ああ、すみません。触りません」
一ノ瀬くんは咄嗟に俺から離れた。
「こちらこそ、すみません…」
俺はどうしても昨日のことを意識してしまい、一ノ瀬くんから視線を外す。
だが、一ノ瀬くんは昨日と何ら変わらない。
あんな態度を取っておきながら意識しているのは俺だけなのかと思うと、すごく恥ずかしかった。
「佐伯さん、俺持ちましょうか」
「………」
周りの人に、通りすがりチラチラとこちらを見られる。
廊下の真ん中で立ち止まってどうしたんだろうとか。陽裕さんて男性と話すんだ、とか。
一ノ瀬くん、そんなの嫌だろうに。
早く、俺なんか置いていけばいい。
それに、俺と付き合いたいなら、なんで微妙に距離を取るんだろう。
一ノ瀬くんは何を考えているの?そう本人に聞きたい。
「…別に大丈夫です。嫌なら通り過ぎて行ってもらって構いません」
どうして彼はそういうこと言うのだろうか。本当は、そんな無視されるようなこと、嫌なんじゃないの?
「すみません…」
そう思いながらも、俺は一ノ瀬くんの隣を通り過ぎた。
その後で、一ノ瀬くんも静かに歩き出した。
一ノ瀬くんは隣にいるのに、何も伝わって来ない。
本当に俺のことが気になってる?
からかってるだけじゃないの?
分からない。
一ノ瀬くんは、昨日何で俺にあんなことしたの?
言ったの?
分からない。
どうしてひとりの男如きにこんな悩まされなくちゃいけないんだろう。
俺は1日中、そんなことばかり考えていた。
一ノ瀬くんの言葉を真に受けるなんて馬鹿馬鹿しいとは思う。だけど、どうしてもそれを無下にはできなかった。
▽ ▽ ▽
そして午後6時。退社時間。
俺は何となく気疲れして、そそくさと帰り支度を始めた。今日はもう、早く帰って寝よう。
「お疲れ様でした」
誰に言うでもなく、退室間際に言って部室を出る。
一ノ瀬くんは何も言わないが、多分カバンの中でLINEの通知音が鳴っているはずだ。俺はあえて、スマホは確認しない。
▽ ▽ ▽
家に帰ると、カバンは適当に放り捨て、一目散にベッドへダイブした。
「もう、会社行きたくないな…」
つい、そんなことを行ってしまう。
一ノ瀬くんに会うのが気まずい。
それに、一ノ瀬くんから変なことを言ってきたくせに何の意識もしないなんて、そんなのズルいと思う。
これじゃあ、俺の方が変みたいじゃん。
「何なの…」
苦しいネクタイは外し、ベッドに置く。
「………」
そして、一ノ瀬くんからLINE来てるかな、なんて、ふとそんなことを思った。
だけど、もう起きるのも面倒で、俺は眠気に抗うこと無く目を閉じた。
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