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④
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来たる月曜日。
いつも通り変化の無い一ノ瀬くんが先に出勤している。
「おはようございます、佐伯さん」
「おはようございます」
一ノ瀬くんの顔を見て、表情が曇ってしまう。ここ数日で何歳も年を取ってしまったみたいだ。
すぐに眠たくなるし、何をするにもやる気が起きないし、何より身体が怠い。
つまりは疲労だ。
最近俺の日常が崩れて来ていて、疲労ばかりが溜まる。
しかし、一ノ瀬くんは一ノ瀬くんなりに気遣ってくれたのか、LINEをして来る事も外出に誘って来ることも無く、日曜日はゆっくりできた。
それでも、数日の疲れが癒やさせることもなく、今日も朝から疲れている。
しかも、何も無い日にも関わらず一ノ瀬くんのことを色々考えてしまい、気が休まる暇も無かった。
社会人になって5年目。特に友達と夜遊びする訳でもなく、上司との付き合いが深い訳でもなく、重い恋愛をする訳でもなく、ただ何となく生きてきた。
そんな俺にとっては、ここ数日の出来事は初体験も初体験だ。そもそも、男性に気になってるなんて言われるのも初めてだ。人生初。
高校とか学生の時は、普通に女の子に告白されて、普通に付き合って、でも普通に別れて。
よく女の子に、外見はいいだなんて言われていた。だけど、中身が無いと言うか何と言うか。
俺的には、恋愛はがっついてするものでも無かった。女の子に会いたいと言われれば会って、デートがしたいと言われればデートして、求められれば求められただけ与える。
それで彼女が切り出す別れの理由は、優し過ぎるだの刺激が無いだのと、男性的な面が少ないと言った理由だった。
だけど、女の子はよく分からない。
会いたいと言って俺から会いに行くのは、女の子のプライベートな時間を邪魔しているようで。
俺からデートがしたいと言っても、女の子は用事があるかもしれない。
もし彼女が求めてもいないのに抱いてしまったら、何だか彼女を襲っているみたいな気持ちになった。
だから女の子に振られるんだよなぁ、なんて思いながら、いつも去り際の彼女の背中を眺めていた。別れたら友達に戻るだけ。恋愛なんてそんなものだろう。
そんな感じで当時は恋愛をしていた。
そして社会人になると、俺は今の職場に就いた。その時は既に男性恐怖症だったから、とりあえず男性の少ない職場を選んだ。
そうなると勿論女性は多くて、告白もされた。しかしすぐに別れることもあって、社会人になっても女性との付き合い方は変わらなかった。
しかし、そういう俺の人生に割り込んで来たのが、一ノ瀬遥斗だった訳だ。
泣かされた。
恐怖を与えられた。
気になってるだなんて言われた。
俺に触れてきた。
心配してくれた。
気遣ってくれた。
この歳で男性から与えられた初めての経験を、たったの数日で味わった。だから疲労が溜まる。
一ノ瀬くんは、好きになったら俺と付き合わせてと言った。だけどそれは、俺も一ノ瀬くんのことを好きになったらの話で、俺が一ノ瀬くんをどう思っているかと言ったら、よく分からないのが答えだ。
やっぱり一ノ瀬くんは男性で、近付かれたり、触れられたり、声を掛けられると怖いし、俺の方も拒絶してしまう。
それなら一ノ瀬くんのことが嫌いなのか、となるけど、俺の中でそうでは無いらしい。男性社員とか街中の男性に比べたら一ノ瀬くんへの抵抗は少ないと思うし、実際会話もちゃんと出来る。
一ノ瀬くんなら大丈夫、という場面も少なからずあった。
でも、付き合うまでの関係に発展させることができるのかと言ったら、それは怖くて、絶対に無理だと思う。
「はぁ……」
そしてやっぱり、こんなことばかり考えているから疲れが蓄積される。
「佐伯くーん、ちょっといいかなー」
「…っえ、あ、はい」
ハッと顔を上げ、何がしたいのか周りをキョロキョロと見てしまう。
部長がこちらに手招きしているのが見えて、立ち上がった。
「…何でしょうか」
俺が部長のデスクの前まで行くと、部長は喜々とした様子で言った。
「ある大手企業から、キッチン用具のアイディア企画をして欲しいと頼まれたんだけど、佐伯くんのチームにそれを任せたいと思っているんだよ」
久々に商品開発の仕事だ。
「はい。分かりました」
なかなか仕事に身が入らない俺は、気の無いような返事をする。部長は苦笑しながらも、その場に立ち俺の肩を叩く。
「っ……」
「反応薄いなぁ。でもま、よろしくね」
「はい……」
俺は、部長に渡されたファイルを受け取った。
自分のデスクに戻ると、とりあえず部長に渡されたファイルを開き、中を確認する。
資料の内容は、商品の希望に期限やら、打ち合わせの日程やらと、様々なことが記載されていた。とても一度では読み切れそうにない。
プライベートのことばかり考えていた俺は、急に現実を突き付けられたような感覚になった。
前の俺だったら、仕事仕事って、そんなことは無かっただろう。
(明日チームで会議でも開こう……)
そう思って、とりあえずこのファイルは閉じた。
▽ ▽ ▽
今日は定時退社で自宅へ帰った俺は、ジャケットだけを脱ぎ、リビングに座る。カバンからファイルを取り出すと、それをノートパソコンの隣に置いた。
「ふぅ……」
まずはあらかた資料を読んで、俺が内容を理解するところからいこう。不明な点は電話で部長に聞けばいい。
その後、チームの人数分、一ノ瀬くんが入ったから7人分の資料を、ファイルの中身を簡潔にまとめて作ることにするか。
そして明日の会議の構成を簡単に練って、終わりだ。悲しいことにあまり話すのが得意では無いから、そういうのが必要になる。
今日は珍しく徹夜かもしれない。
「……よし」
資料を読んだら夕食を作ろう。なんて考えて、俺は資料に目を通し始めた。
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