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部長に早退することを告げると、部長も俺の顔が赤いとかって、素直に帰してくれた。
妙に足がふらつく中会社を出た俺は、LINEの着信音にカバンを探る。が、そこで気が付いてしまった。
「…財布が無い……」
いくらカバンの中を漁ろうとも、出てくるのはスマホに資料に、全然財布では無い。恐らく、帰り際からボーっとしていて、会社に置いてきてしまった。
しかしもう、会社に戻るのも既にしんどい。こんな状態で会社に戻ったら、皆に心配を掛けてしまう。
それは嫌だったから、会社には戻れなかった。
俺は、言葉を失ったかのように立ち尽くす。
これではタクシーに乗れない。歩いて帰るしかないのか。否、このフラフラの状態では無理だろう。距離は遠いし、途中でぶっ倒れてしまう。
そして歩きとタクシーの選択肢が消えた。こうなると、俺の奥の手を使うしかない。
俺はこういう時の為に、電車の定期券と言うものを持っていたのだ。
「電車か……」
だが電車は、俺がこの世でいちばん嫌いな乗り物だった。
座席に座れればいいのだが、そうでないと立っていなくてはならなくて、周りの人と密着してしまうから。特にそれが男性だと思うと、とても耐えられそうにない。
しかし、今はそんなことを言っている場合では無かった。
財布が無いからタクシーの選択肢は消えて、あとは歩くか電車に乗るかだ。
つまり、途中で倒れるか我慢するか。
「あー……」
そんなことを考えていると、頭が痛くなってくる。
仕方無い。もう電車に乗ろう。
幸い、駅のホームは会社の近くにあった。
▽ ▽ ▽
俺は電車に乗ろうとしたところで思わず足を止める。
「ぅ……」
これは、思ったより人が多い。
すぐに乗るには抵抗があった。当然、座席などは開いていない。どこかに掴まって乗るしかなかった。
見るとこ見るとこに、人、人、人、人。
しかも、男性の方が多い気がした。
しかし、もうすぐ出発すると言う内容のアナウンスが流れ、俺は思い切って電車に乗り込む。
「……嫌だ、なぁ……」
電車のドアが閉まり、俺は扉にいちばん近い位置になった。人で板挟みになるよりは全然マシだ。
そしてしばらくすると、電車は動き出した。
「………っ」
反動で身体が傾き、隣の男性の腕と、俺の肩が触れる。顔を見たくないから、それがどんな人なのかは分からない。
「すみません」
声では、そんなに年を取っている感じでもなかった。
謝られたら、こちらからも謝るしかない。
「すみま、せん……」
小さな声で言ったが、男性は声が小せえ!とか怒ることもなかった。
もう疲れた。帰りたい。
早く目的地に着かないだろうか。しかし、俺の家だとふたつ目の駅で降りるのがベストだから、あとしばらくは電車に揺られていなければいけなかった。
「はぁ……」
何だか、結構頭がクラクラする。
本当に熱あったのかも。帰って正解だったかな。
もしインフルエンザとかだったらどうしよう。生活が乱れるとすぐに体調崩すから、こういう時インフルエンザに罹るのも珍しくなかった。
でも、まだギリギリ秋だし。インフルエンザの時期ではないか。
(帰ったら病院行こ……)
そんなふうに考えていると、不自然に腰に手が触れる感覚がした。さっきみたいに、自然にぶつかった感じではない。
触り方の荒っぽさから、多分男だ。
(は!?嘘だろ……)
腰辺りに、そいつの下半身が当たる。というか、完全に当てにきていた。
(なんで……)
なんで硬くなってんの。有り得ないだろ。
「ぅぅ……」
嫌だ。気持ち悪い……!
後ろから耳元に、男の興奮したような息遣いが伝わってくる。
SOSの意味も込めて先程の男性に視線を向けるが、男性は壁に背を預けて目を瞑っていた。こんな時に限って、どうして。
「……!」
すると、男の手はスーツのベルトにまで手を掛けてきた。
何とか退かそうと手を押し退けるが、力が及ばない。体調が悪いのも原因だが、恐怖で力が入らなかった。
(俺、男なのにっ……)
女性ならいいという訳では無いが、こんなことを経験するのは初めてだった。
皆気付いているのかどうなのか、誰も助けてくれない。いや、気付いているのかもしれないが、見ないふりだ。
他人の為に労力を使いたくないのだろう。それに、本人が否定したら証拠も無いので余計面倒事が増えるだけだ。
「ぁ……い、やだッ…」
こいつをとっ捕まえる気力も無い。大声を上げられるほど安定した精神状態でもない。
どうしよう。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!
助けて。
「一ノ瀬、くん……っ」
無意識に助けを求めたのは、一ノ瀬くんだった。
一ノ瀬くんに会いたい。助けて欲しい。
「…もう無理……」
だけど、ここに一ノ瀬くんはいないから、どうしようもない。
「はっ…あ、ぅ……」
俺が過呼吸になりかけるのも構わず、男はスーツファスナーを下げる。
心臓が変に早く脈打って、視界が回り始めた。加えて、吐き気に手足の痺れ。
久々の過呼吸だった。
次の駅で降りよう。
布の上から撫でてくる手つきも、近くで聞こえる鼻息も、全てが気持ち悪い。
早く降りたい。
その時、もうすぐで駅に着くというアナウンスが流れた。あと少しの辛抱だと、ぎゅっとコートを握る。
早く、逃げなきゃ。
そして電車が停止すると、俺はコートの前を閉め、逃げるようにして外に出た。
「…はぁぁっ…はっ……ぁ」
少し歩いてから、脱力して地面にへたり込む。周りの人に不思議な顔で見られるが、気にする余裕など無い。
どうにか過呼吸を収めたくて、ゆっくりと長めに息を吐く。数ヶ月振りに乗った電車でこんなことされるなんて、思ってもいなかった。
「最悪、だ……」
呼吸が落ち着いてくると、俺はカバンからスマホを取り出し、震える手で画面に触れた。
急いで来て欲しくて、通話という選択肢を選ぶ。
「出て……」
『はい』
一ノ瀬くんだ。すぐに出てくれた。
俺は深呼吸してから、渇いた口を開く。
「……一ノ瀬くん、助けてください……怖いです……」
言葉足らずな気もするが、今はこれで精一杯だ。
『分かりました。では、佐伯さんがどこにいるのかだけ教えてください』
一ノ瀬くんは理由も聞かず、事務的に言う。
俺は端的に、駅名だけを一ノ瀬くんに伝えた。
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