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③
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駅のベンチに座っていると、俺の姿を見つけたらしい一ノ瀬くんが駆け寄ってきた。
「佐伯さん!」
近くまで来た一ノ瀬くんは、俺の前にしゃがんで下から顔を上げて見てくる。
一ノ瀬くんも会社を抜けて来たのだろうか。カバンを持ちコートを着ていて、帰りの格好をしている。
「すみません、一ノ瀬くん。もしかして、早退してきましたか……?」
「はい」
一ノ瀬くんはさも当然のように言う。
そして、次は一ノ瀬くんから問い掛けてきた。
「佐伯さん、もし佐伯さんが嫌じゃなければ、何があったのか話してもらえませんか」
あ、そうか。さすがにこれは理由を言わなければいけないか。でも一ノ瀬くんは、俺が嫌だって言ったら聞かないんだろうな。
「……あの、笑わないで、くださいね……?」
「笑いませんから、話してください」
一ノ瀬くんが笑う訳ない。
すごく真剣な顔で、俺の話を聞こうとしている。
「その、何て言うか……痴漢?に、遭いました……」
うわ、何言ってんだろ。
よく考えたら、男が痴漢に遭うとか貧弱過ぎじゃないか。熱があったとはいえ、無防備過ぎだ。
これは、一ノ瀬くん、呆れるよね。
「すみません、こんなことで呼び出してしまって……」
「いえ。それは、怖かったですよね」
一ノ瀬くんは申し訳なさそうに俺を見詰める。俺を帰したことに、責任を感じさせてしまっているのだろうか。
「はい……」
結局また、迷惑を掛けてしまった。
俺は一ノ瀬くんに何もしてあげられていないのに、一ノ瀬くんばかりに面倒掛けてしまっている。
「…あの、間違ってたならすみません」
そう前置きし、一ノ瀬くんは俺の目を見た。
「もし佐伯さんが俺に迷惑を掛けてるって思うなら、それは違います。てか寧ろ、佐伯さんが男の俺を頼ってくれたとか、すごく嬉しかったです」
思っていたことを指摘され、驚く。
「頼ったというか……一ノ瀬くんが前に言ってくれたから……」
「無理をする前に全部言って、ってやつですか」
俺は頷いた。
一ノ瀬くんの言葉の通りに助けを求めてるなんて、一ノ瀬くんを意識してるって本人に思われる。
否定していた俺がそんなの、恥ずかしい。
「佐伯さん、可愛いですね」
「!?…か、かわっ……?」
予想外の言葉に、俺は思わず慌てた。一ノ瀬くんは楽しそうに笑う。
その表情はズルいだろ………
「佐伯さんが顔赤いのは、熱のせいですか。それとも、照れてるからですか」
なんだよ、その質問。もう一ノ瀬くんの顔なんて見ていられない。
「…熱のせいです……」
「そうですか」
変な質問はしてくるくせに、俺が答えるとあっさり引く。どうしてなんだ。
すると一ノ瀬くんは、自分のカバンの中から、何かを探し始めた。
「…これ、佐伯さんのですよね」
一ノ瀬くんが出したものは、俺が会社に置いてきた財布。
「そうです…」
一ノ瀬くんが見つけてくれたのだろう。俺は財布を受け取った。これでタクシーに帰れる。
「ありがとうございます」
「いえ」
一ノ瀬くんはそれだけの為にここまで来たのか、もう帰ろうと立ち上がった。
一ノ瀬くんの呆気ない態度に、俺は財布を見詰めたまま動けない。
「それじゃあ、俺帰りますね」
このまま、一ノ瀬くんの背中を見送るなんてできない。まだ、行って欲しくない。
「………って」
「え?」
歩き出した一ノ瀬くんが、俺の方を振り返る。
俺が声を出したから、そんなことにも気に掛けてくれたのだ。小さな声にだって、気付いてくれる。
「待って、ください……」
なんで行かないで欲しいと思ってしまうのだろう。財布を持って来てもらったなら、ここに一ノ瀬くんがいる必要なんて無いはずなのに。
身体は拒絶するのに、頭ではそばにいて欲しいと思っている。裏腹だ。
「どうしたんですか」
自分でも、どうしたらいいのか分からない。
「佐伯さん?」
一ノ瀬くんは優しく、俺の言葉を待ってくれる。
俺はもたつく足取りで一ノ瀬くんの元まで歩いた。
「……家に、来てください」
「………」
一ノ瀬くんは何も言わない。
自分自身でも、どうして家に誘ったのかよく分からなかった。
「佐伯さん、あんまりそういうこと簡単に言わないでください。これでも俺、結構我慢してるんですから」
諭すように言う一ノ瀬くん。
「……?」
我慢って何?俺、一ノ瀬くんに何か我慢させてるの?
そうだとしたら、申し訳ない。
「ごめ、なさ……」
大きな声が出せない。
ああ、どうしよう。視界が歪み始めた。
頭がガンガンする。もしかして、体調が悪いの悪化したかな。
「……佐伯さん?」
突如ふっと足の力が抜け、正面から一ノ瀬くんに身体を預ける。故意にでは無い。
一ノ瀬くんはまた気を遣い、俺の肩を掴んで身体から離した。
「佐伯さん、大丈夫ですか」
俺が一ノ瀬くんに触れたことに驚きながらも、一ノ瀬くんは大丈夫かと声を掛ける。
一ノ瀬くんは出来るだけ接地面積を減らしてくれているのだろうが、意識が朦朧とし始めて気にする余裕すら無かった。
「……うぅ…気持ち悪い……」
それよりも吐き気が込み上げてきて、俺は腕を抱えながらうずくまる。
どうしよう。これじゃ帰れない。
「はぁ……は、ぁ……」
ほんと泣けてくる。一ノ瀬くん、困っちゃうよ。
俺の方が年上で先輩なのに、なんでこんなに手間取らせちゃうんだろ。
「ごめんなさ、一ノ瀬くん……俺、ここでしばらく休んでから……帰り、ます………」
「何言ってるんですか。ここでそんなに弱ってると、また変な男に襲われますよ」
だって、そんなこと言ったって。
「俺が家まで連れて行きますから」
「へ……?」
間抜けな声を出した時には、もう身体が持ち上がっていた。これは所謂、お姫様抱っこ……なのか?
「いや、ちょっ、降ろしてください!」
男が男を抱いてるなんて羞恥に、俺は僅かの力で抵抗するが一ノ瀬くんは構わず歩く。いくら一ノ瀬くんの方が身長が高いと言っても、俺だって軽い訳がない。
「佐伯さんは黙っててください。俺がしたいからしてるんです」
「だって、皆見てるし……」
女性だって、街中でお姫様抱っこされて歩いてる人なんて見た事がないのに。
街を歩く人は、驚いたり不思議そうな顔をして俺らを見ていた。だが、それが当たり前の反応なのだ。
「…もういいですっ……」
「はい」
俺は一ノ瀬くんの胸に顔を隠した。
だって、これは全部、熱のせいだから──
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