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④
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気が付くと、ベッドの上だった。
俺がどのくらいの時間眠っていたのかは分からないが、とりあえず身体を起こした。
身なりを確認するが、コートが脱がされていることぐらいしか、俺自身に変わったところは無い。
「えっと……」
少し辺りを見渡すが、ここは紛れも無く俺の家だ。
タクシーの中で眠ってしまったから、また一ノ瀬くんに運ばれて来たのだろう。
ということは、タクシーの料金は一ノ瀬くんが払ってくれたのか。お金は後で返そう。
「──ああ、佐伯さん、起きたんですか」
「………!」
思わずビクリとし、咄嗟に声の方へ顔を向ける。
「そんなに驚かないでくださいよ」
苦笑気味の一ノ瀬くんが部屋に入って来た。片手には薬局のものと思われるビニール袋が握られている。
「何しに行っていたんですか」
一ノ瀬くんは袋の中身を取り出し、俺に見せた。
「風邪薬を買いに、ちょっと薬局まで」
「わざわざ……?」
「まぁ……はい」
ちょっとと一ノ瀬くんは言うが、この近くに薬局は無いはずだ。車で行っても、往復30分は掛かる。
「ありがとうございます」
「いえ、さすがに人の家探る訳にはいかなかったので」
どうやら袋に入っていたのは薬とペットボトルの水だけのようだ。
実を言うと、俺の家に風邪薬は無い。
「じゃあ、薬飲みましょう」
どうぞと風邪薬が1粒渡され、それを口に含む間にペットボトルを開けてくれる。薬は苦手だが、一ノ瀬くんが気を遣ってくれたから飲むしかない。
「……不味い」
一ノ瀬くんがペットボトルのキャップを締めてくれた。
一応俺だって大人だから別に看病はいらないが、一ノ瀬くんがいてくれることには安心する。
「……あ」
薬の味が慣れ始めた頃、そういえばと、俺は気になることを一ノ瀬くんに問い掛けた。
「一ノ瀬くん、どうして俺の家が分かったんですか」
一ノ瀬くんに家の場所を教えた覚えは無いし、過去に家に上げた覚えも無い。一ノ瀬くんが家の場所を知っている訳がなかった。
だけど、俺は自分の家にいる。不思議だった。
一ノ瀬くんは、ああと言ったように答える。
「生駒さんに聞いたら、偶然知っていたようでしたので聞きました。佐伯さん、女性とかは家に上げるんですね」
何の確認だ。
会社の人で家に入れたのは生駒さんが最初で最後だ。
「それは、前に会社に忘れ物をした時、生駒さんに家に来たいって言われたんです。だから仕方無く……」
「冗談ですよ。そんなことだろうとは思ってました」
見透かされたような言い方だった。いや、実際には見透かされていたんだけど。
「…あの、佐伯さん」
すると一ノ瀬くんは、ペットボトルを持ったまま俺の名前を呼ぶ。というか、俺に意識を向けて欲しくて、と言う方が正しいかもしれない。
さっきとはうって変わり、トーンは低く、真面目な口調に変わる。
「なんですか?」
俺が言うか言わないかで、一ノ瀬くんが頭を下げた。
「一ノ瀬くん?」
突然そんなことをされて困惑した。
「俺が佐伯さんに家に帰るように促したせいで、佐伯さんに嫌な思いさせました。本当に、申し訳ないと思ってます。すみませんでした」
やっぱり一ノ瀬くんは、俺が痴漢に遭ったことを自分の責任のように感じていた。絶対それは一ノ瀬くんのせいじゃないのに。
「一ノ瀬くん、謝らないでください」
そっと頭を上げる一ノ瀬くん。
「その、俺が痴漢…に遭ったのは、一ノ瀬くんのせいではないので。そもそも、俺が財布忘れたのが悪かったんです」
「佐伯さん……」
一ノ瀬くんはありがとうございますと言って、少し安堵したような表情を見せた。
それから空気が和み、一ノ瀬くんはペットボトルを近くのテーブルに置く。
「佐伯さん、お腹空きませんか」
「え?ああ、まぁ少し……」
控え目に言うと、一ノ瀬くんはスーツのジャケットを脱ぎ始めた。
「じゃあ俺、何か作ります」
「え、いや、それは申し訳ないです!」
そう言うが、一ノ瀬くんは聞く耳持たずといった具合にワイシャツの袖を捲る。これは結構やる気だ。
「佐伯さん自炊とかしますよね」
「まぁ一応……」
「それならキッチンと食材借りますね」
もう止められる段階では無かった。
先週、野菜やら肉やらを買ってきたはいいものの、最近忙しくてあまり料理はしていなかったから、食材は割と余っていた。軽く何かを作るくらいはできる。
「お願いします……」
「はい」
一ノ瀬くんはキッチンの方へと向かって行った。
「はぁ……」
俺は疲れを吐き出すように溜息を吐き、もう一度ベッドに身体を倒す。今までならば、自宅に男性が居ることなど有り得なかった。
それだけ、一ノ瀬くんは俺の中で、特別な存在になってきていると、自分でも実感している。
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