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③
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俺は冷蔵庫の中からケーキの箱をどっちも取り出した。その重さに自分でも結構驚き、うわ、なんて声が出る。
これ買ったの、自分なんだよな……。
苦笑いだ。
「…すみません、一ノ瀬くん。一ノ瀬くんが思ってるより多いです、多分」
テーブルの上にケーキを置くと、一ノ瀬くんは少し面食らったような表情をした。
「本当に食べられますか?」
二箱もあるなんて、一ノ瀬くん、思っていなかったろう。
「多い、ですね」
「無理して食べなくてもいいですよ!」
一ノ瀬くんの口から出た、多い、の言葉に慌てて声を上げる。いくらまだ食べられると言っても、この量はさすがに無理だ。
しかし一ノ瀬くんは、二つのうち片方の箱を開けて中身を見た。
「…こんなに買ってくれたんですか」
一ノ瀬くんはビックリはしているが、食べたくないという感じでは無い。
そして、中から1つケーキを出した。苺の乗った、割と普通のショートケーキである。
「俺、これ好きです」
「食べますか?」
「はい」
一ノ瀬くんが無理をして言っている訳では無いと分かり、俺はフォークを二つ持ってきた。これら全てを一ノ瀬くんに食べさせるのは酷すぎる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
一ノ瀬くんはスプーンを受け取ると、いただきますと、また手を合わせた。ケーキを一口分掬うとそれを口に運ぶ。
俺が作った訳では無いけれど、何となくドキドキした。
「おいしいですか……?」
顔色を窺うように聞くと、一ノ瀬くんは素直に頷いた。
「すごくおいしいです」
それが嘘でないと分かると、俺は安堵の息を吐いた。
ケーキ屋とかほとんど行かないし、どこの店のケーキがおいしいのか分からなかったけど、一ノ瀬くんが喜んでくれたのなら一安心だ。
「なら、良かったです」
「佐伯さん」
すると一ノ瀬くんは食べるのを止め、俺の方を向いた。
「どうしてこんなにケーキ買ったんですか」
「え……」
いきなりの質問に、俺は返答に困った。
こんなの、本当のこと言ったら、馬鹿なのか?なんて思われるに違いない。だって普通は、こんなに買う訳が無いし、自分でも馬鹿だなぁって思う。
だけど、一ノ瀬くんに嘘を吐いても仕方無いから、俺は本当のことを言った。
「…俺、一ノ瀬くんが何のケーキが好きか分からなくて……だけど少しだけ買って全部一ノ瀬くんの嫌いなものだったら困るな、と思って、色々買ってみたんです」
あぁ、何言ってんだろ。
そんなこと言ったって、一ノ瀬くんからしてみれば迷惑以外の何物でもない。
「すみません。迷惑、でしたよね」
俺がそう言うと、一ノ瀬くんは声を出して笑った。
「ってことは佐伯さん、俺のこと考えてこんなに買ってくれたんですか」
「まぁ、そうなります……」
一ノ瀬くんの言う通りだから、否定も何も出来ない。俺は一ノ瀬くんのことを考えて、馬鹿みたいな量のケーキを買ってしまった。
恥ずかしくて、顔を伏せる。
「…もう何なんですか、佐伯さん」
一ノ瀬くんは俺の反応を楽しむかのように言う。
「それは、俺の為にって解釈でいいんですよね」
俺はコクコクと小さく、何度か首を縦に振った。そっと顔を上げると、一ノ瀬くんは優しい表情で微笑む。
「すみません。少しだけ、舞い上がらせてください」
まただ。また顔を赤くして嬉しそうな表情をする。
今日だけで、一ノ瀬くんは何度頬を染めたのだろう。
「佐伯さん、やっぱり可愛いです」
「……俺、年上ですよ」
なんて言いつつ、一ノ瀬くんから目を逸らす。
二人揃って顔真っ赤とか、何してんだ、ほんと。
「関係無いです。佐伯さんがそんな顔してるからですよ」
「一緒じゃないですか……」
俺はケーキと一ノ瀬くんを交互に見詰めた。
何だか、折角個人でのお祝いなのに食べ物だけじゃ、さっきまでのの歓迎会と何も変わらない。何か、俺にしか出来ないことをしてあげたいと思った。
「…一ノ瀬くん」
「はい」
俺おずおずと、一ノ瀬くんの前に手のひらを差し出す。
一ノ瀬くんは明らかに、訳の分からないと言った表情を見せた。
「あの、手、繋ぎませんか……?」
それが、一ノ瀬くんの喜んでくれることだと思う。小さなことだけど、俺の精一杯だ。
「……どうしたんですか」
突然の提案に戸惑う一ノ瀬くん。当然の反応だろう。
「一ノ瀬くんが喜んでくれることって何だろうと思って……嫌、でしたか……?」
瞬時驚いたような表情をする一ノ瀬くんだったが、また笑顔に戻ってゆっくりと首を横に振った。そして、一ノ瀬くんの手のひらが、近付いて来る。
「いいですか?」
触れる寸前のところで、一ノ瀬くんは俺の目を見て確認の問い掛けをした。
なんでそんなこと聞くんだ、と恥ずかしくなりながらも、俺は頷く。
「…っ」
重なった手のひらに反応し力が入るが、一ノ瀬くんが俺の手を握ってくるから、俺も握り返す。
今までの恐怖とは別のドキドキが、心臓の脈拍を速くした。
「……大丈夫ですか?」
「はい……」
とてもじゃないが、一ノ瀬くんの顔など見られたものではない。多分、一ノ瀬くんも俺と同じ表情をしているのだろう。
(あったかい……)
男性って、こんなに温かい生き物だったんだ。それとも、そう感じるのは一ノ瀬くんだから?
俺はそれくらい、一ノ瀬くんに心を許していた。
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