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定時時間が過ぎ、ほとんどの人が帰宅して行く。
早坂さんも生駒さんも、終了時間から数分後に部室を出た。
俺は仕事をしているフリをして、パソコンの画面と向き合う。
一ノ瀬くんの方を見ると、一ノ瀬くんも俺と同じようにパソコンを打っていた。多分、本当に仕事をしている。
(真面目だなぁ……)
そう思っていると、ふと一ノ瀬くんが立ち上がり、俺の隣まで来た。
「…佐伯さん」
「はい」
俺もパソコンの電源を落とし、画面を閉じてから椅子から立った。
「別室に移動していただけますか」
「っ……」
(……やばい)
一ノ瀬くんに手首を掴まれそうになって、思わず後退ってしまった。
恐る恐る一ノ瀬くんの方を見上げるが、その表情は変わらない。無表情のままだ。
「ぁ……すみません……」
「いえ」
これでは、様子が変だと思われてしまう。
自然に、いつも通りにと意識するが、意識した分だけ敏感になるだけだった。
「…いちばん近くの会議室、開けてもらえるように言っておいたので、そこに行きましょう」
また可笑しな態度を取ってしまいそうで、俺はただ頷くだけにした。
▽ ▽ ▽
会議室まで来ると、中に入って扉を閉めた。
出来る限り自然にと、変に距離を取らず後ろを歩くと、何だかギクシャクしてしまう。
(どうしよう……)
悟られないように。
そう思っても、どうしたら自然に振る舞えるのかも分からなくなって。
「………」
一ノ瀬くんは、幾つかある椅子のうちの1つに腰掛ける。俺は何となく隣には座り難くて、一ノ瀬くんの横に立った。
「座らないんですか」
「はい……」
すると、一ノ瀬くんは俺の方に身体を向ける。
目が合うと、耐え切れなくて、俺は顔を逸らした。
「…じゃあ、話がある……というか聞きたいことがあるんですけど」
一ノ瀬くんは俺の素振りを気にする様子も無く、言葉を続けた。
「昨日、何がありましたか」
「……!」
何かあったのか、ではなく、何があったのか。
ただの無断欠勤でないことは、既に一ノ瀬くんに見破られていたようで。
一度だけ大きく心臓が揺れ、苦しくなる。
俺は、すぐには言葉を返せなかった。
(言っちゃ駄目……)
こいつにも同じ目に遭わせる。
そう言った神代の言葉を思い出し、俺は唇を噛み締めた。
言えば、一ノ瀬くんに迷惑が掛かる。
一ノ瀬くんを傷付けてしまう。汚してしまう。
それだけは絶対に避けたかった。
「…何もないですよ」
俺は苦笑いで返す。
この話は早く切り上げなければならなかった。
「ちょっと急用があって、連絡が出来ない環境だったんです」
そう言うが、一ノ瀬くんは訝しげな表情をして俺の方に手を差し伸べてくる。
(……なに…?)
一ノ瀬くんの手が頬に触れそうになり避けそうになるのを、俺は何とか耐える。
顔を背けるなんて、一ノ瀬くんを避けてるって言うのと同じだ。
しかし、一ノ瀬くんが実際に触れてくることはなくて、寸止めで手を引いた。
「…今日の佐伯さん、明らかに警戒心強いですよね」
「え……?」
俺は困惑した。
果たして一ノ瀬くんは、どれだけ俺のことを疑っているのか。
(嘘吐かなきゃ……)
そんなことを言われても、否定するしか俺には選択肢が無かった。
一ノ瀬くんに嘘を吐くのは嫌だけど、本当のことを言って傷つけてしまうのはもっと嫌だったから。
「…いつも通りです」
俺は俯き気味に言った。
怪しまれるかな、と思うが、目を見る方が嘘だってバレそうだった。
「嘘ですよね」
一ノ瀬くんは、困ったように笑う。
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