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一ノ瀬くんに連れ込まれた場所は、企画部の部署と同じ階にある給湯室だった。中に入るや否や、置いてある丸椅子に座らされる。
一ノ瀬くんは別のところから椅子を引っ張ってきて、俺の前に座った。
「……とりあえず、何から話しましょうか」
こっちは急がなければと焦っているのに、一ノ瀬くんは悠長に話し始める。
俺は未だにカバンを握り締めたままだ。
「話すことなんて、無いです……」
どうすれば一ノ瀬くんに悟られないかも分からなくて、言いたいことも満足に言えない。
一ノ瀬くんはどんなことだって、俺の嘘を見破ってくるから。
「じゃあ、質問いいですか」
一ノ瀬くんは、どこまでも落ち着いていて。
だから俺まで、焦りがどこかへ行ってしまいそうになる。
「……答えられる範囲でなら…」
そう言うと、早速一ノ瀬くんは質問を投げかけてきた。
「今、何か悩んでいることはありますか」
「はい……?」
予想外の斜め上からの質問に、俺は間抜けな感じで声を出す。前は、何があったのかとダイレクトに聞かれたから、思わず拍子抜けした。
「答えられませんか?」
(そういう訳じゃ……)
悩みの有無くらい言っても大丈夫だろうか。
その内容が分からなければ、問題無い?
それなら、もう言ってしまいたかった。
一ノ瀬くんに嘘ばかり吐いたり、誤魔化したりするのも嫌になって、そんなことを思ってしまう。
こんなの、自分の気持ちに甘えたいだけの、ただの言い訳だ。
(情けない……)
絶対に助けを乞わないと、朝に誓ったばかりなのに。
一ノ瀬くんに弱過ぎるだろ。
「……答えません」
俺は何とか言葉を飲み込んで、そう一ノ瀬くんに答えた。
全ての質問をはぐらかしたら、早く神代の元に行ってしまおう。それだけを思った。
しかし、一ノ瀬くんは立て続けに質問を繰り返す。
まるで、俺を帰さないとでも言うように。
「それじゃあ、その悩みは俺に解決できることですか」
(………は?)
俺は次こそ頭上にクエスチョンマークを浮かべて、言葉も出なくなった。
なぜそこで俺が悩みのあるということを前提に話をされるのか。
(お見通し……?)
答えないとだけ言ったのに、本当にそこまで分かるのだろうか。
カマを掛けられているだけの可能性もあったから、俺は慎重に言葉を選んだ。
「……なんですか、その質問。悩みがあるなんて一言も言ってないですよ」
「言ってなくても分かります」
さも当然のように、一ノ瀬くんが言い放つ。それも即答だから、俺は返答に困った。
だがそうしているうちに、一ノ瀬くんは次の言葉を繋ぐ。
「なんか、佐伯さんって分かりやすいというか……嘘が下手なんですよね」
困り顔で一ノ瀬くんが首を傾げた。
(嘘が下手……)
今更そんなことを気にしたことも無くて、俺は何となく恥ずかしい気持ちになる。
(…そんなに分かりやすい?)
すぐに分かられてしまうくせに、俺は今まで一ノ瀬くんをはぐらかしている気でいたということだ。
一体俺は、どれだけ愚かだったのか。
「……そんなこと言わないでください……」
俺は俯いて言った。
それに対して一ノ瀬くんは、苦笑いで俺の頭に手を乗せる。
その手のひらの温かさにさえ安心を求めてしまい、こんなんだから縋りたくもなるんだと悔しくなる。
「佐伯さんだから分かるんです」
(優しくしないでって……)
そこまでされるなら。どうせ嘘なんて通じないなら。
「…めて……」
俺は一ノ瀬くんの手を払った。
「…嫌、なんですっ……心配なんてして欲しくない……っ…優しくしないで、ください……!」
俺はどんな顔をしているのだろうか。
一ノ瀬くんは驚くというよりも、なぜか哀しみの混じったような目をしていた。
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