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⑤
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何も言わない俺に呆れたのか、神代は溜息を吐いて立ち上がる。その動きにもビクリと反応してしまい、俺は一歩足を引いた。
「…陽裕はさぁ、その二人を犠牲にしたんだ?」
トン、と肩に手を置かれ、顔を覗き込まれる。
(そういうつもりじゃ……)
そう思うのに、よくよく考えればそうなのかな、と不安になって言葉にならなかった。
一ノ瀬くんに危害が加えられるかもしれないと分かっていて話すということは、どこかで他人を犠牲にしてでも助かりたいと思っていたから?
自分ではそんな自覚は無かった。
俺は無自覚に酷いことを考えていたの?
無自覚にだなんて、いちばんたちが悪い。
「そこまでして助かりたかった?」
(違うよ……)
もう、自分で自分の考えていることが分からなくなってきた。
「否定しなよ、ねぇ?」
「もしかして本当に犠牲にしたんですかー?」
神代と洸平の言葉は更に俺を苦しめ、追い打ちを掛ける。
早く否定しないと、二人に誤解をさせてしまう。
何とか言葉を吐き出そうとするも、考えれば考える程に息が詰まってしまった。
「ぅ……」
「そうやって言葉で追い込むのは卑怯じゃないですか?」
すると、俺を庇うように言葉を返してくれた一ノ瀬くん。
どうして?
俺、何にも言えてないのに、どうして疑わないの?
どうして神代の言葉を否定しないんだって、一ノ瀬くんを犠牲にしたんだって、思わないの?
「佐伯さんが脅されていたことくらい分かります。俺は、素直な佐伯さんを信じますよ。佐伯さんが話してくれたことを疑ったりしません」
(…どうして……)
どうして。
どうして。
どうして?
俺はそこまで一ノ瀬くんに信頼される程できた人間じゃないんだよ。
一ノ瀬くんに優しい言葉を掛けてもらえる程、俺は一ノ瀬くんに見合った男じゃない。
それなのに、そんなこと言われたら、もう目の前が歪んでしまう。
嬉しいのに、苦しいよ。
一ノ瀬くんの手を強く握り返すことで、俺は泣きそうになるのを何とか堪えた。
「…なので、これ以上佐伯さんを傷付けるようでしたら、俺はアンタを許しませんから」
「っ……」
一ノ瀬くんは、どこまで俺に優しくしてくれるんだよ。
こんなに誰かに思われているなんて初めてで、俺は胸が締め付けられる感覚を覚えた。
「だそうだけど、どうするの?まだ陽裕くんを束縛する?」
「えー?どうしますか、神代さん」
言いながら、洸平はベッドに腰を沈める。
大して困っているような様子は無かった。
「…じゃあいいよ。喧嘩とか苦手だからさぁ」
「開放するんですかー?」
「また別の奴を探せばいい」
(他の人……)
俺が神代たちから自由になることで別の人が犠牲になる。俺はいつでも誰かを犠牲にして生きてるの?
そう考えてしまうと、すんなり救われてしまう自分に嫌悪感を抱いた。
俺の代わりがいるのなら、まだ開放される訳には……
「そんなことさせる前に、警察に突き出しますよ」
「待って……」
思わず、掠れた声が口を滑り出た。
「もう、何もしなくていいです……」
俺は汚い人間だ。
今は一ノ瀬くんを傷付けたくない。その為なら、見ず知らずの人を犠牲にしてでも構わない。
……不覚にも、そんなことを思ってしまった。
これ以上は、一ノ瀬くんに迷惑を掛けたくない。勿論、世良さんにも。
だけど、俺の為だってここまでされたら、後で神代に何をされるか分かったもんじゃないから。
俺のせいで傷付く人を、ましてや大切な人が……そんなのは見たくなかった。
「…神代さんが止めてくれたら、もうそれでいいです……」
「でも……」
(……ごめんなさい)
俺は、我儘を言ってばっかりだ。
一ノ瀬くんの正論を聞いたら惨めになりそうで、俺はその前に一ノ瀬くんの手を払い、部屋を出た。
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