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⑧
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佐伯さんの肩は震えていた。
佐伯さんは泣き顔を見られるのがあまり好きではないみたいだから、こうやって気を遣う。
顔を見なくなって、佐伯さんが泣いていることなどすぐに分かった。
(可愛い……)
佐伯さんは、俺に抱き締められることには慣れたようで。こんなことをしても、腕の中で大人しくしている。
仕事ではしっかりしているのに、俺の前だと、照れて、泣いて、縋り付いてきて。
その表情も、行動も、仕草も、全てがいじらしくて、愛おしい。
俺は、特に意味も無いが、佐伯さんの背中を擦る。
「…一ノ瀬くんのこと、嫌いじゃないっ、です……ッ」
どうしてそう遠回しなのだろう。
俺のことが好きだって、言ってくれればいいのに。
自意識過剰なのかもしれないけど、佐伯さんの考えていることはある程度読み取れているつもりだった。
本人はどこかでリミッターを掛けているみたいだけど、本当は俺のことが好きだと分かっているはず。
行動にも表情にも感情が露わになっていて、全てが見え透いていた。
「嫌いじゃないっていうのは、俺のことが好きだということですか」
わざとダイレクトに聞いてみる。
佐伯さんから返ってくる言葉など、安易に予想ができた。
「…分からないです…っ……」
(ほらね)
そうやって自分の気持ちを誤魔化そうとするから。
佐伯さんはきっと、分からないんじゃなくて、分かることが怖いんだ。
男性恐怖症なのに男を好きになるということが、佐伯さんにとっては未知過ぎて、怖いのだ。
だから、気付きたくない。
男性が好きだなんて認めたくないと、無意識に感じているのだろう。
「そうですか」
でも、そういうところも全てを含めて、俺は佐伯さんが大好きだから。
こういう態度も言葉も、何もかもが好きで、仕方が無かった。
「…佐伯さん、俺の家に来ますか」
肩を離し目を合わせると、佐伯さんはどうして、と言うような表情をしていた。
「神代は佐伯さんの家を把握しているんですよね。それなら、俺の家にいた方が安全じゃないですか」
これには、勿論佐伯さんを心配する意味も含まれているが、俺には佐伯さんと一緒にいたいという気持ちが強い。
しかし、自分を汚いという佐伯さんは自分でも無自覚な程に健気だから、ただの気遣いと受け取るのだろう。
「…また神代が、佐伯さんを捕まえに行くかもしれませんよ。なので、しばらくは俺の家にいてください」
しかし、佐伯さんの返事を聞く前に、こちらへ人が近付いてくる足音がした。
いつまでもこうしている訳にもいかなくて、俺は名残惜しくも佐伯さんから離れる。
「…こっちは片付いたよ」
この人はどのタイミングで来てるんだよ、と思うが、俺が世良さんの立場だったらそうしてるから、俺は何も言わない。
「どうでしたか」
「うん、なんかねぇ、もう陽裕くんには近付かないとは言ってたけど、それが本当かは分からないね」
「信憑性のあるような言い方では無かったんですか」
「…信憑性かぁ……あの童顔の子はずっとにこにこしてるし、捺くんは飄々としててねぇ」
「………」
それは全部世良さんの特徴だ。
その態度に信憑性を感じられないと思っているのに性格を変えないということは、自覚無しなのだろうか。
「…そうですか」
「心配だよねぇ」
本当にそう思っているのか、やっぱり笑った顔も飄々とした態度も信憑性に欠ける。
「大丈夫です。しばらくは佐伯さんを家に泊めるので」
「えっ?」
しゃがんだままの佐伯さんが、戸惑ったような表情で俺を見上げる。
「俺、一ノ瀬くんの家に泊まるなんて一言も……っ」
いつまで嘘を吐き続ける気なのだろうか、佐伯さんは。
そんなことを言って否定しようとしても、表情は全くそうは言っていない。
「嫌なんですか」
あえて試すようなことを言ってみる。
佐伯さんは素直だから、本当のことを言ってくれるはずだ。仮に嘘を言ったとしても、そんなものはすぐに分かってしまう。
「どうして……」
佐伯さんは困った表情をして、俺から目を逸らした。
「…嫌、じゃないです…けど……」
そして、また言葉を濁す。
嫌じゃないなら、はっきりとそう言って欲しいのに。
「けど?」
「俺がいたら、一ノ瀬くんに迷惑が掛かる……」
本当はそんなこと、大して気にしていないくせに。
どうして自分の気持ちを認めようとしないのか。
「…じゃあオレの家は?」
佐伯さんの煮え切らない返事に、自身を指差しながら世良さんが聞く。
早く佐伯さんのしっかりとした答えが聞きたくて、俺はわざと焦らした。
「俺より、世良さんですか。それとも、今更泊まりが嫌だなんて言いますか」
こんなの、佐伯さんを困らせるだけだと分かっている。だけど、そうでもしないと、俺と佐伯さんはずっと平行線のままだった。
好き。大好き。
それは十分に伝わっているはずなのに、佐伯さんは正直に心の内を声にしてくれないから。
「オレと一緒にいる方が楽しいと思うけどなぁ」
「ちゃんと言葉にして、答えてください」
佐伯さんは涙目になりながら、俺の目を見詰めた。
本当に困っているのだろう。
「どうして、そんな意地悪いこと言うんですか……」
(またそういう顔する……)
意識している訳では無いのだろうけど、縋られるような顔をされると甘やかしたくなる。
だけど今はその感情を押し殺し、無言でただ佐伯さんに微笑んだ。
「…俺、は……一ノ瀬くんがいいです……」
そして遂に、声を震わせながらも佐伯さんは何とか言葉を吐き出す。
「一ノ瀬くんと、一緒にいたい……」
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