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⑤
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怖い。
もう頭がおかしくなりそうだ。
壊れて。身体も心も、全部がボロボロに剥がれ落ちる。
意識は朦朧とするけど、落ちるまでには辿り着かない。いっそのこと、気絶でも出来たら楽になれたのに。
俺は過呼吸を治す為に、深く息を吸って、吐く。
今は、その為に設けられた時間だ。
「…っは……はぁ……ぁ」
神代に借りた、サイズの大きいパーカーを頭の上から羽織り、身体を震わせる。
神代のものを借りるなんて癪だが、布団は重いし、これしか縋れるものが無かった。
下は下着だし、上ははだけたワイシャツしか着ていない。
こんな状態では、いつ神代に触れられてもおかしくないから怖いんだ。
とにかく、神代に触られるのが嫌だった。
「……陽裕」
「っ……」
息が、止まる。
神代に名前を呼ばれる度に、俺はビクリと肩を跳ねさせた。名前を呼ばれることさえ、俺には恐怖で。
「もっと泣いていいんだよ?」
「……やだ……」
神代の笑顔が、俺を内面から蝕む。
その声を聞くたびに、俺の中で何かが壊れてゆくような感覚に陥った。
どんどん崩れていく。
「もう、嫌……っ」
自身で自身の腕を抱えた。
そんなことをしたって、震えが止まる訳でも、ましてや恐怖が消える訳でも無い。
要は、ただの気休め。
だけど、今の俺には、何か少しでも安心の出来る状態が欲しかった。
(一ノ瀬くん……)
やっぱり俺には、一ノ瀬くんがいないと駄目みたいだ。
どれだけ忘れようとしたって、いつでも求めてしまうのは一ノ瀬くんで。
助けて欲しいと思うのも、一ノ瀬くんだけなんだよ。
「…助けて、一ノ瀬くん……」
掠れるように出た小さな声は、神代にまで届くことはない。
勿論、一ノ瀬くんに伝わることも──
「……佐伯さんっ」
──そのはずだった。
「一ノ瀬くん……?」
「早いなぁ」
散漫としていた意識は、一点に集中する。
ぼやける視界に、神代以外の誰かが映り込む。
「佐伯さん!」
(ああ……)
この声は、本当に安心できるなぁ。
それでいて、その心配そうな表情も、声色も、優しく触れる手も、何もかもが俺を苦しめた。
一ノ瀬くんは、俺を怖がらせない為か、そっと撫でるように、顔へ触れる。
「っはぁ…」
そんなに息を切らせて、一ノ瀬くんらしくない。
どうしてここまで、俺の心配をするの?
「…一ノ、瀬く……」
「どうしてまたっ……」
走って来た反動なのか、俺に対する呆れなのか、一ノ瀬くんは1つ息を吐く。
「遥斗、だよね?君」
神代は俺の隣に腰を掛け、そう一ノ瀬くんに問い掛けた。当の一ノ瀬くんはその質問に答えることなく、手に持っていたコートを俺に羽織らせる。
「大丈夫……じゃないですね」
「えー?無視かぁ」
まるでここに一ノ瀬くんが来ることを分かっていたかのように、神代は余裕ぶっていた。
足を空中に投げ出し、楽しげにふらふらと両足を揺らす。
「…一ノ瀬くん、俺…」
「何も言わなくていいです」
「っ……」
一ノ瀬くんは、きつく俺を抱き寄せた。
背中に触れる手が温かくて、心地良くて、冷え切っていた心まで溶かされていく。
やっぱり、どう足掻いたって、俺は一ノ瀬くんが好きだ。
好きで好きで、仕方無い。
何とか誤魔化そうとしたって、こんなに優しくされたら、まともに嘘なんて吐けやしなかった。
(好き、です……)
俺はそれを、言葉にすることが出来ない。
「…変だねぇ」
神代が笑う。
「別に付き合ってる訳じゃ無いのにさぁ、そんなに陽裕を心配する理由って何?」
(やめて……)
どうせ伝わらないなら、これくらい許してよ。
一ノ瀬くんは俺の肩を掴んで離し、そしてしっかりと目を合わせてきた。俺は、その視線から逃げられない。
(なに……)
「……好きだから」
その言葉は、俺にも神代にも宛てたものだと分かる。
俺は、やっと一ノ瀬くんと同じ気持ちになれたと、不覚にも涙が零れそうになった。
それでも、この思いが通じることはなくて。
「それだけの理由じゃ駄目ですか」
あくまでも真面目に言うもんだから、神代は少し、面食らったような顔をした。
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