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その日の夜。
青山から連絡先をもらっていた一ノ瀬くんは、帰ってから携帯に登録していた。
どうやら、初対面の割には結構仲が良くなったようで、青山からの返信が早いと嘆いていた。
一ノ瀬くんは世良さんみたいなノリの人が苦手なのかと思っていたから、青山とはどうなんだろうと思っていたけど、案外心配は要らなかったようだ。
「……佐伯さん」
「はい」
今日は俺が洗い物をする日だったから、食器の泡を流している最中に後ろを振り向く。
目が合うと、一ノ瀬くんは柔らかく微笑んだ。
「なんですか?」
俺も思わずそれに釣られて笑ってしまう。
洗い物は一旦中断し、近くに掛けられているタオルで手を拭いた。
そういえば、出会った時に比べて、一ノ瀬くんはよく笑うようになったなぁ、と思う。
初めは全然笑わない人だし、正直に言うと、怖かった。だけど今は、そんなことはなくて。
(優しい人……)
一ノ瀬くんに対して、そう思うのが普通になっていた。
「…佐伯さんはやっぱり、笑った顔が好きです」
一ノ瀬くんは俺の問い掛けなど無視で、そんなことを言ってくる。
一ノ瀬くんがこんな言葉を恥ずかしげも無く言うことは今に始まった訳じゃ無いけど、それでも、そう言われたらこっちが恥ずかしい。
「また……」
絶対に顔は赤いから、俺は目を伏せようとする。
しかし、一ノ瀬くんがそれを許してはくれなかった。
「駄目ですよ」
「っ……」
俺が視界を外す前に、一ノ瀬くんは俺の頬に手を添えてくる。その手を払い除けることもできたが、それは一ノ瀬くんから逃げているみたいで嫌だった。
だから俺は、ただ一ノ瀬くんの目を見て固まる。
「…何回同じ態度を取られてきてると思ってるんですか。もう顔を逸らすのはナシですよ」
「だってそれは……っ」
(一ノ瀬くんが恥ずかしいことを言ってくるから……)
そう思うけど、だから顔を逸らすというのは、結局は一ノ瀬くんから逃げているということになるのだろうか。
俺は何も言い返せない。
一ノ瀬くんの触れる手が熱くて、それだけで俺の思考は簡単に奪われていった。
「佐伯さんが顔を赤くするのは、俺のことが好きだからですか」
真っ直ぐに、目を合わせられる。
こんな質問、絶対にわざとだ。
赤面するのは嫌なのに、それはどうすることも出来ない。
一ノ瀬くんの言葉は、俺に好きだと言わせようとしているみたいで、余計言葉に詰まった。
すると一ノ瀬くんは、何か可笑しそうに笑い、親指の腹で唇に触れてくる。
一ノ瀬くんに触れるところ全てが熱くて。
こうやって唇を触られるのは何度目だろうか。
「口で言うのが嫌なら、キスでもいいですよ」
「はぁっ……?」
その瞬間は、誰がキスなんてしてやるか、と反抗心が湧き上がったが、一ノ瀬くんを見ていると抵抗する気も起きなくなる。
多分、雰囲気に飲まれそうになってるんだと思う。
「なんで……」
俺は目を逸しそうになって、それでは駄目だと、何とか踏み止まった。
こういう時に、一ノ瀬くんは何も言ってくれない。
何もかも、俺の行動に状況が任されて。
俺は、静かな空気に苦しめられた。
(キス……?)
一ノ瀬くんの唇に目を向けては、やたら煩く心臓は脈打つ。
いつもは一ノ瀬くんからキスをしてくるから、自分から近付くなんて恥ずかしかった。
女の子にキスをするのとは全く違う。
リード権を握られた状態でキスをするなんて、どうしたらいいのか分からない。
「…い、一ノ瀬くん……」
もう嫌だ。
一ノ瀬くんは、時に意地悪で。
「目、閉じててくださいね……?」
「はい」
一ノ瀬くんは素直に目を閉じるから、俺は少しだけ、その顔を見詰めていた。
男、だけど。
俺は一ノ瀬くんが好きで。
肌。睫毛。鼻。唇。
そのどれもが綺麗なんだ。
(一ノ瀬くん……)
俺は一ノ瀬くんへ両手を伸ばし、俺のことが見えないように目元を隠してやる。
一ノ瀬くんは全く動かないから、俺は背伸びをして、そっと唇を寄せ付けた。
全ての羞恥を何とか押し殺す。
「…っ……」
(どうしよう……)
意外と一ノ瀬くんの唇は柔らかくて、俺は頭の中が真っ白になってしまう。
不意打ちじゃない。
俺からのキスは、高鳴る鼓動も、手の震えも、全てがはっきりと伝わってしまわないか不安だった。
どうして一ノ瀬くんは、こんなに恥ずかしいことを、平然と俺にしてやれるのだろうか。
俺は息を止め、ただただ唇をあてがう。
実際に流れる時間よりも、その間はすごく長く感じた。
「……んっ?」
すると、ふと背中に暖かさを覚える。
そして、俺が目を開けるや否や、一ノ瀬くんにぎゅっと強く抱き締められた。
「な、なんですか?」
一ノ瀬くんは俺の肩に頭を沈めてきて、俺は少し困惑する。一ノ瀬くんがどんな表情をしているかなんて、俺には分からなかった。
「……ほんと、可愛いです……」
溜息の含まれたその声は、妙に近く感じて。
遠回しに好きだと言われているように感じた。
俺は、何も返せない。
可愛いと言われたことに対する返答が見当たらなかった。
「お預け、明日にもらってもいいですか」
俺がそうやってじっとしていると、一ノ瀬くんはそんなことを口にして。
俺にはその内容など分からないけど、一ノ瀬くんの手に篭もる力が強くなったから、その分だけ俺も抱き締め返した。
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