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1.不安だらけの引越し-1
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明日の引越しの準備の為、もう一度部屋を見渡す。
机の中には何も入っていないか、箪笥の中には必要な物を置いてはいないか。
哀原李登(アイハラ リト)は入念に確認していた。
「よーし、全部カラだな」
忘れ物が無い事を確認し終われば、李登はまた動き出し、手を動かし始める。
そして、さっき入れたばかりの段ボールをまた開き、綺麗に畳まれた服をまた畳み直す。
そんな無駄な動きを繰り返し、李登は落ち着きがない仕草をずっと繰り返していた。
「はぁ…俺、なんでまた同じ事繰り返してんだろ…。この作業何回目だっけ?」
引越しの作業をし始めてからこの作業を何回したのかを考えるが、自分でも数え切れないので考えるのを途中で辞める事にする。
そうしなければ、先には進まない。
「よーし…塞ぐか」
でも今日はいつもと違う。
何故なら、今日はそんな事を終わらせる為にガムテープを買ってきた。
その発想に気付いたのは昨日。
日用品を見ていて気付いたのだった。
李登は、ガムテープを見て、なんでもっと早くにそうしなかったのかと自分の発想の遅さに落ち込んでいた。
それに、これからの自分は大丈夫なのかと心配にもなって来る。
「お前、まだ塞いでなかったのか?」
そんな事をグルグルと考えている李登に、明日の引越しの為に手伝いに来てくれていた兄の桃李(とうり)が、李登の部屋に呆れた表情を向けながら話し掛けて来た。
「仕方ないじゃん…しっかり確認して行かないと、次いつ戻ってくるか分からないんだから」
「そう言うけどさ、そんなに開けたり閉めたりしてたら…こっちがなんだか心配になって来るよ…」
桃李は李登の荷物が朝見た時とあまり変わらないのを見て、弟のこれからが心配になり、この引越しに手を貸してもいいのかと思えてきていた。
「だ、大丈夫だよ! ほら、今、ガムテープで塞いでたから」
「でも、まだ1つだろ…」
「?……」
李登は桃李の指摘に言葉が出なくなる。
「一人暮らしで嬉しいのは分かるけど、早めに荷物纏めないと一日で終わらないぞ」
「わっ、分かってる…んだけど」
「まぁ、一人暮らしって言っても、俺の店とお前の専門学校近いから俺からは離れられないけどな」
そう言われて思い出す。
桃李が言うように、李登がこれから通う専門学校と桃李のお店は目と鼻の先だった。
桃李はパティシエとして、去年フランスから帰国し、半年前に自分のお店である〝ベルン〟を出した。
そんな桃李は李登とは違い、身長が高く、ルックスも整っていて、昔から非常に女性にモテる男だった。
ついこの間も洋菓子の雑誌に特集され、大反響をもたらし、その影響で桃李を目当てに来客する人が後を絶たなくなり、お店は常に満員状態。
その結果、受験が終わった李登もベルンを手伝う事になり、昨日まで忙しい日々を過ごしていた。
そのお陰で、予想外の収入が増えたのは喜ばしい事だったが、毎日のようにベルンに通っていたので、これからベルンに違い学校に通う身としては、あまり新鮮味が感じられない。
だからこそ、この引越しが楽しみだった。
「でもさ…店忙しいから、これからは俺に干渉する時間は無いんじゃないの?」
李登は少し頬を膨らまし、そう冷たく返す。
なぜなら、桃李はフランスから帰国してから、李登にあまりかまってくれなくなったのだ。
そんな桃李に不満な李登は、ここの所ずっと不貞腐れていた。
年が離れているせいか、桃李は李登に優しくて、両親以上に李登の一番の理解者だった。
だからこそ、桃李との距離感に不満が募っている。
自分でも子供だなと思う。
でも、李登は桃李にだけこんな態度を取ってしまう。
それは、桃李が李登の性格を熟知しているからだ。
「おっ、何? かまってくれなくて寂しいのか?」
桃李はそんな李登の全てを見透かしているように、にやにやしながら嬉しそうに李登に近付いてはそんな事を述べる。
「べっつにー。この頃お店忙しいからとか言って、ここ(実家)に帰って来ないなとか思ってないし」
李登はフンッと言ってガムテープを適当に切り取り、残りの段ボールにバシバシと張り付けていく。
李登が不満に思っていたのは、店が忙しくてなかなか話せなかっただけではなく、桃李がフランスから帰国してから、1度も実家に帰って来なかったのにも不満があった。
「李登…」
フランスから帰って来てあまり話す事もできないまま、自分のお店を出すからと言って、桃李はその準備に勤しんでいた。
そして、そそくさと店の近くに高級マンションを契約し、そこに一人で住み始めている。
昔から行動力がある桃李に、李登は憧れを抱いていたが、今回の事は少しも何も言わずに自分勝手に決めた桃李をどうしても許せなかった。
普通の兄弟みたいに喧嘩したり、勉強を教えてもらったり、進路の相談だって李登は桃李にしたかった。
李登は桃李に甘えたい。
ただそれだけだったのに。
「そ、それに…俺は一人でもやっていけるんだから。寂しいなんて思わない…」
父も母も共働きだった李登の家では、昔から両親が朝からいた事はない。
だから、桃李だけが唯一の話し相手だった。
なのに、桃李は李登を置いてフランスに行ってしまい、李登はその間、ずっと一人で過ごす事がほとんどだった。
別に桃李の夢を応援していないわけでは無い。ただ、帰って来たのなら二人でゆっくり色んな話しがしたいと思っているだけだ。
それだけなのだ。
「悪かったよ…。幼いお前を残してフランスに行った事も、あんまりここに来なかった事も…全てさ。だから、今日と明日は店休んで来たんだろ」
「別に休んでなんて言ってない」
「知ってる。…俺が手伝いたかっただけだ」
桃李はそう言って李登の頭を優しくポンポンと叩いてから下の洋間に行ってしまった。
桃李は何でもお見通しだ。李登が何でこんなに捻くれた性格なのか、素直じゃないのか、全て分かっている。
昔はこんな性格では無かった。
もっと素直で可愛い性格をしていたはずだ。
でも、桃李がフランスに行ってしまい、李登が一人で家にいる事が多くなってから、その性格は何処かへ忘れてしまった。
「俺…素直じゃないな…」
昔から干渉が無かったわけではない。父の秘書や母の会社の人が勝手に家に出入りする事が多くあり、いつも知らない人が家にいて、強い視線を浴びていた。
桃李がいた時は、桃李の後ろで身を隠していたので、その視線を怖いとは思わなかったが、桃李がフランスに行ってからはそんな事ができなくなった。
李登は桃李がフランスに行った後から、誰にも話し掛けられないように過ごすようになり、家にいる時は黙って静かに過ごし、極力部屋に篭り誰とも話しをしないように努めた。
それは、自分を守る為。
「でも…今更…素直になんてなれないよね……」
そんな幼少時代を過ごしていたからか、いつの間にか自分の気持ちを相手にうまく出せなくなってしまった。
友達ならそこまでならないのに、桃李や両親、年上の人になると心が開けず、素直になれない。
「ポン太…おいで」
そんな自分が嫌になる時は、いつも大好きなポン太を抱き締める。
ポン太は李登が拾って来た犬で、李登の1番の親友でもある。
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