アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2.元晴との出会い-1
-
昨日、無事に入学式が終わった。
「はぁー…切な…」
けれど、李登の頭の中には担任の先生の名前すら頭に入らないほど、ポン太の事でいっぱいだった。
『俺を捨てるの?』
そんな顔でポン太は李登を見ていたと思う。
引越しをしたあの日、桃李の時間が許すまで、李登はずっとポン太を抱き締めていた。
李登は不安がるポン太の耳元で、『お前を捨てるわけじゃないよ』とずっと言い続け、誤解を与える事だけは避けたいと願った。
その願いが、ポン太に伝わったか分からない。
けれど、ポン太は人の気持ちを理解できる賢い犬だ。
だから李登の気持ちは分かってくれたと信じている。
それに、別れ際、離れるのが嫌で涙を流す李登の滴をポンタがぺろっと舐めたのが返事に思えた。
『がんばれよ』
そう言ってくれたような気がした。
「大変だったんだな」
その話しを聞いた陽二が、ペンを動かす手を止めてそう言う。
その言葉に、李登は机の上で顔を埋める。
「大変ってもんじゃないよ…」
「だよなー。俺もそうなったら泣くな」
「だろー…。心が張り裂けそう…」
陽二とは試験以来1度も会ってはいなかったのに、もうこんなにフレンドリーだ。
久しぶりの再会で緊張しながら会場まで向かったが、陽二とはメールのやり取りを頻繁にしていたからか、久しぶりに再会しても気まずさもなく、不思議と会話が弾み、いつも一緒にいる仲になっていた。
「ポン太と一緒に住めると思ってたから、あそこのアパートに決めたのにさ。まさかの一人ぼっちになるなんて…想像もして無かった」
「メールでも、ポン太と一緒に住めるから楽しみだってずっと言ってたもんな」
その言葉に李登は反応し、顔を上げる。
「そうなんだよ! あんな可愛い子を手放さないといけないなんて…。俺ってマジでダメな親…」
李登と陽二のメールの内容は大体お互いの愛犬自慢が殆どだった。
陽二の愛犬はマルチーズのちぃ君で、初めて写メが送られて来た時は、その可愛さに李登の顔がニヤついてしまった。
そんなちぃ君にも負けていないポン太の写真を、李登も何枚も撮り、ポン太専用フォルダから仔犬の頃と今現在の物を何枚も陽二に送りつけ、どうだと言わんばかりに自慢を返した。
そうすると陽二からまた違う写真が送られて来る。
そんなやり取りの繰り返しを李登達はずっと繰り返していた。
だからこそ、二度目にしても不思議と会話が弾んだのだと思う。
「…李登は親馬鹿だな」
「陽二だって同じだろ」
「確かに、俺も親馬鹿だな」
陽二は否定しないですんなりと受け入れて笑っていた。
「まぁでも、桃李兄のお店に行けばいつでも会えるから今は我慢する」
「李登の兄さんってここから近場のケーキ屋だっけ?」
「そうだよ。ベルンっていうお店なんだ」
「ベルンって、あのイケメンパティシエのいる所だよな?」
「え…? うん。桃李兄はイケメンだよ」
ベルンの主である桃李が、李登の兄だと伝えると、急に、陽二の目が輝きを見せた。
「って事は、そのイケメンパティシエが李登の兄さんって事か…。なるほど」
陽二は何かを納得したように、嬉しそうに一人で頷いていた。
「…陽二もそういうとこ食いついたりするんだ」
女性ならともかく、男性では初めてそういう反応を見たかもしれない。
「だってさ、同じ同性でもあんなに整ってる人っていないからな。悔しいけどあんな綺麗な人間もいるんだって認めるしかないって思った」
陽二の口調からして、桃李と会った事があるのだろう。
その言葉に、李登は陽二が言いたい事が分かり、自分もそう思った事があると陽二に伝えた。
「兄さんとは仲良いの?」
「悪くはないよ。歳が離れてるのもあるけど、喧嘩は一度もした事無いし…桃李兄はこんな俺を可愛がってくれてる…。ただ、今は俺が一方的に拗ねてるだけ」
「何で?」
「桃李兄が俺を置いて海外に行ったのと、この頃店が忙しかった…から…かな」
その言葉を言っていて、突然恥ずかしくなった。
これはいくら陽二にでも言うべき事ではなかったかもしれない。
「ようはかまって欲しいんだな」
陽二はにやりと笑って俺に言ってきた。
「幼い奴だって思っただろ」
李登は顔を赤くしてまた顔を机に伏せた。
自分でも分かっているが、まだ兄離れはできそうに無い。
それはこの間身に染みた事だ。
「良い事じゃん。俺にも弟いるけど、そんなに慕ってくれてねーよ。李登みたいのにかまって欲しいなんて思って貰えたら兄さんも嬉しいと思うけど?」
「そうかなー…」
「今度言ってみたら? かまってって」
陽二は李登の頭をポンポン優しく叩いて席を立った。
次の授業が実技で、実技教室に移動だからだ。
李登はまだ校内を把握していないから、物知りの陽二の後を付いて行く。
「陽二って確かに長男っぽいよね」
李登は歩きながら陽二にそう言った。
「そうか? 初めて言われた」
「嘘だぁー。入学式の時も計画立ててくれてたじゃん」
入学式の会場が分かっていなかった李登に、陽二は分かりやすいように会場の地図を添付してくれて、そこには待ち合わせ時間も書いてあり、李登はその待ち合わせ時間に間に合うように行った。
すると、そこには陽二が既に立っていて李登を迎えてくれていた。
李登は、陽二に何時に着いていたのかと聞くと、李登が迷子になってもすぐに行けるように三十分前にはいたと言っていた。
「あれは、お前が引っ越したばっかりで不慣れだと思ったからで、ここが地元の俺がそうするのは当たり前の事だと思っただけ」
陽二はしれっとそう言うが、それが当たり前の事ではない気がする。
もしかしたら陽二は桃李よりもしっかりした性格をしているかもしれない。
桃李の場合、一つの欠点は方向音痴な所だった。
地図が読めないわけではないのに間違った道に進んでしまう癖がある。
よく桃李の後ろを付いて回っていた李登はそれに巻き込まれ、二人で迷子になった事も多くあった。
今は一回行った道は迷子になる事はないが、新しい場所になるとまだ弱い。
引っ越しの時も最初に地図を見せていたのに、一回目の分かりやすい所を逆に曲がり、迷子になりそうになった。
これでは時間までに着かないと思った李登は、次から李登がこっち、あっちと曲がる所を指示して走らせるしかなかった。
帰りは自力で帰ったが、桃李は一時間の道を二時間かけて帰ったらしく、マンションに無事着いたと連絡が入ったのは深夜を回っていた。
「確かに助かった」
「だろ? 今度はここら辺の穴場とかいろいろ教えてやるよ」
「うん。よろしく」
話しをしていたらすぐに実技教室に着いた。
席は自由だったので、李登は陽二と隣同士で座った。
次の時間が始まるまで十分くらい。
李登はこの時間で使う教科書と道具を鞄から出す事にした。
すると、どこからか、教室内の所々で、ある病院名が挙がっているのを耳にする。
「ねぇねぇ、天宮動物病院って有名なの?」
李登はその天宮動物病院と言う名前を耳にして、その病院がそんなに有名なのかを陽二に聞いてみる事にした。
「天宮動物病院? 有名って言えば有名かな。俺もそこ掛かりつけだから」
「そうなんだ」
「天宮院長が若いのに腕が良いんだ。それに丁寧だし話しやすいし行きやすいんだよな」
「そんなに良いんだ」
ポン太がもし何かあった時の為に、どこか探そうと思っていたから良い事を聞いた。
「それに顔も良いと来たら女はそこに行くよな。俺の母さんが気に入ってんだよ。まぁ俺も腕は認めている。けど…」
「けど?」
陽二が間を置いてきたので、李登はその病院には裏で何かがあるのかと気になり、陽二の次の言葉に耳を澄ませた。
「優しすぎる」
「優しすぎる?」
「そう。つーかお人好し?」
「良い事じゃないの?」
優しい獣医の何が悪いのだろうか。
李登が前に行っていた動物病院の院長は、李登的には好きではなかった。
けれど近くには動物病院はそこしか無くて、行きたく無くてもそこに行くしかなかった。
「俺が前行ってた所なんて全然優しく無いし、話しも適当で最悪だったけど」
「優しい、の度が半端ないんだよ。診てもらう側にしたら良い事なんだけどさ…俺の性格が、良いのかそれでって思っちまうんだよ」
「診てもらう側が良いなら良い事じゃないの…?」
陽二の言っている事がよく分からない李登は首を傾げる。
「夜間診療って別途でかなり金高いじゃん」
「そうだね、俺なんて一時間オーバーで七万円取られた事あった」
今思えば、あれはぼったくりだったんじゃないかって思う時がある。
「そこの病院は、夜間診療は無いんだけど、ある日、消しゴムを丸呑みした猫がいて、飼い主は慌てて終わる時間に駆け込んだんだって。その時点で普通なら夜間診療がある所を進めるはずなのに、その天宮院長は中に入れて診察して深夜まで掛かる大手術をした」
「えっ! それ普通なら考えられないよ」
普通なら考えられないが、それとは別に飼い主が気になる事は金銭面の事だろう。
今は動物の保険があるが、それが使えても大手術ならそうとうお金は掛かってしまう。
「だろ。夜間が無いのに深夜まで掛かる大手術をしちまう。となると、金が絡んでいるからだと思うよな、普通…」
「う…うん」
「けどその院長は普通の金額しか貰わなかったのだと。二千円以内で収まったらしい」
「に、二千円以内!? ありえない…そんな病院…」
「しかも実費で野良猫の去勢をしていたり、捨てられた犬猫を保護して飼ってくれる人間が現れるまで病院に置いたり、その他にも誰にも真似できない利益が無い事ばっかりしてるんだとさ。もうボランティアだな」
「そうなんだ。すごい院長だね…」
「それに、飼い主もすぐ見付かるみたい」
「何で?」
飼い主なんてすぐに見付かる物では無い。
動物が好きな人間はたくさんいるだろうが、好きと飼うとではまた別。
動物アレルギーを持っている人もいれば、李登みたいに住む場所によって飼えない人もいる。
動物を飼うと言う事は命を預かると言う事で、そう簡単にすぐ飼える物では無い。
「顔が広くて、県内だけじゃなく全国にも呼び掛けてるんだって。躾もしておくらしくて、どっかのペットショップで飼うよりも評判が良いって聞いた」
「なんか完璧だね」
聞いていてどんな院長なのか知りたくなる。
動物が心から大好きなんだと、陽二の話す内容を聞いているだけで李登には分かった。
今まで病院に行くと、酷い扱いを受けてきたからかもしれない。
そのせいで、ポン太は病院が大の苦手になってしまい、病院の前になるといつものポン太とは思えないくらいに暴れて抵抗をする。
それは、一番最初の診察の時、耳の中が汚れていたらしくそれで治療を受けたのがきっかけだと思う。
耳が垂れ下がった犬によく見られる症状は、長く放置された犬に多く見られると言われた。
いくら体を洗ったからといっても素人の子供がそんな部分に気付けるわけが無く、耳の中の汚れが炎症まで起きている事を李登は知らなかった。
幸い、耳の中にはノミやダニは存在しなかったが、可哀想なほど耳の中には汚れがこびりついていた。
ポン太が治療室に入ると、李登は、どんな治療をするのかと見ていた。
すると、そこの院長はポン太をアシスタントの女性に抑えているように指示を出し、薬品が並ぶ場所からコットンの四角い形の物を取り出してピンセットで挟んだ。
そして、ポン太の耳の中にグイッと押し込み、激しくゴシゴシと動かし始めていた。
ポン太の口からは悲鳴のような鳴き声が発せられ、李登はもっと優しくしてくださいとお願いしたのだが、院長は李登を睨み付けるだけで動く手の強さを弱めようとはしなかった。
それ以来、ポンは病院嫌いだ。
本当はそんな病院にはもう行きたくは無かったけれど、そこしか病院が無かったから通うしか無かった。
だからこそ、陽二から聞いたその優しい獣医が動物にどんな態度を取り、どんな治療を施すのか会って見てみたいと思ったのだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
6 / 29