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自分勝手な人
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「お前は言葉を発することが苦手だな」
イライラした様子で旦那様は俺を値踏みするように見る。怖い。この人は気にくわないことがあると暴力的だ。それはさっき、嫌というほど理解した。未だ俺に直接手をあげることはないが、いずれ叩かれる日も近いと思う。
「ご…め、なさ……」
「謝るな。面倒だ」
そして自分勝手。いや、俺はこの人の所有物になったのだから…自分勝手に扱うのは間違っていないのかもしれないけれど。
「それと、1つ言っておこう。お前は俺のことだけを考え、俺のためだけに動き、俺のために生きればいい。他のことに気をそらしたら許さん」
「……はい……」
今、俺は馬車に揺られながら旦那様の屋敷を目指している。本当は買い上げられる前に身なりを整えるけど、俺はあのあとすぐに連れ出され、服も靴も落ちていたものを適当に身に付けた。
お風呂、入りたかったんだけどな…
お腹の中が気持ち悪い。吐き気がする。
ああ、この馬車、汚してしまってる。怒られるかな。殴られてしまったらどうしよう。痛いのは嫌いだ…。
「お前はなぜ泣きそうな顔をしている」
「……え……」
不思議そうに旦那様を見つめると、ぐい、と前髪を引っ張りあげられた。
「もう俺の言ったことを忘れたのか」
「い、いた…っ」
「俺の問いにはすぐに答えろ」
「わ、わか、りませ…!」
「ほう?」
「う、うう、痛い、です…」
離してほしいと目で訴えかけると、思いの外すんなりと手を離してくれた。頭皮がひりひりする。
「お前は俺に買われて悲しいんだろうな」
「そんなことは…」
「あいつらに買われた方がよかったか? 今ならまだ戻ることもできる」
「それは嫌です…っ!旦那様がいいです!」
ぶんぶんと首を振ると、旦那様は大層嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。最低だこの人。
「家についたら風呂に入るぞ。その身なりで屋敷をうろつかれてはたまらん。汚れる」
「……はい」
無理矢理連れてきた人がよく言う。
それならお風呂に入れてから移動させればよかったんだ。
「ふん、この髪も整えれば様になるだろう」
俺の髪をいじりながらぶつぶつと色々なことを言っている。それに対して適当に相槌を打ちながら、俺は旦那様を見つめる。
数時間前に初めて会ったときはよく見えなかったけれど、旦那様はなかなかに顔立ちが整っている。
シュッとした輪郭を縁取るシルバーの髪も、冷たい深海を思い起こさせる濃いブルーの瞳も、すべてが完成された造形物みたいな感じだ。
俺とは違った男らしい体躯は少し羨ましい。
「お前の瞳は血のような色だな」
もっと違う表現はなかったのかこの人は。
確かに真っ赤な瞳は、色々な人に気味悪がられたけど。
「……美しい色だ」
「え…」
「屋敷が見えてきたな。降りる準備をしておけ」
旦那様が言ったことを考えながら、見ている景色を見る。やたらに大きな家が見えてきた。
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