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参
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何枚焼いただろうか。
会話らしい会話はしなかったのに、僕にとって幸せな時間は昼を知らせるチャイムと共に終わりを告げた。
印画紙を水揚げして、その上にかけてある紐にクリップでソレを止め水切りをする。
露光時間が足りないものが何枚かあるが、昼から改めて焼き直す程の作品でも無さそうだ。
「あ、そういえば、先生も焼くんじゃなかったですか?」
「ああ、それなんだが……」
「施錠しに行ってネガ置き忘れたって、コントですか?」
パンをかじりながら笑う僕に、御輿先生は恥ずかしそうに口を尖らせた。
カップラーメンを待つ先生は僕にこないだと同じパックのコーヒー牛乳をくれて、自分はラーメンのスープの袋をお湯の入ったビーカーの中でかき混ぜている。
「まだ二十代でしたよね?ボケるには早すぎますよ。」
「コーヒー奢ってるのに、まだ言う?ホント可愛く無いね。」
キッチンタイマーが鳴るとすぐに止めた先生は、慣れた手つきで温まったスープの袋を取り出して器に注いだ。そして一混ぜしたその流れで麺を啜った。
「良い匂い。後でスープちょうだい先生。」
「…じゃあそのパン一口とラーメン一口の交換で手を打とう。」
最後の一口になっていたコロッケパンは、意図してコロッケの量を残していた。それに気付いているのかいないのか、先生はわざと僕の方に匂いが来るように麺に息を吹き掛けている。
「えー、僕スープだけでも良いのに。」
「そんなしみったれたこと言うもんじゃない。」
音をたてて美味しそうに食べるラーメンは、コンビニ限定のしかも、もう売り切れて存在しないヤツ。雑誌に取り上げられていたのを先日床屋で見て喰う気になっていたのに、発売期間はとうに終わっていたというヤツだ。
「つーか、いかにもな発言だけど、実は先生がこのパン食べたいだけなんじゃない?」
一瞬動きの止まった先生を冷ややかに見つめれば、バツが悪そうにスープを飲んだ。
「加野君があんまり旨そうに喰うから悪い。だからラーメン喰え。で、そのパンを寄越しなさい。」
強引に目の前に置かれたカップラーメンは、既に麺は半分程に減っていたけど美味しそうで、差し出された手に渋々パンを預けると、僕はすぐに麺を啜ってスープを飲んだ。学校で食べるという事が更にカップラーメンを旨く感じさせる。
「旨いだろ?」
一口で止められなかったカップラーメンを先生へ戻すと、残量の少ない事を怒りもせずに箸を使わずに残りの全てを飲み干した。
「パン、美味しかったでしょ?」
「最後の一口にコロッケ残し過ぎだろ。加野君の性格のまんまだな。」
パックのコーヒー牛乳を飲み干して、先生のラーメンで出たゴミもまとめて袋に入れた。
「お茶屋さんの抹茶ソフトが食べたい。」
「濃い抹茶のな。」
先生は引き出しから電子タバコを出して、席を立った。朝居た窓際の場所でまた険しい顔をしている。
そこから見えるのは、中等部の校舎。高等部とは離れた場所に建てられていて、生徒の出入りとか様子だとかは見えはしない。
「朝から何考えてるんですか?」
「…うん?大した事じゃないよ。」
「いつになく不機げ…シリアスな顔ですよ。」
「ダンディなのは、いつもだろ?」
こちらを向いた僕に手振りまで付けて、腫れぼったい死んだような目を動かして二重をつくってくれたようだ。
決まった二重は次のオッサン臭いくしゃみによってアッサリと元に戻って、そのあとを情けない顔で鼻をヒクヒクさせている。
いつもだらしなくてカッコつかないトコロも僕は好きだけど、だからこそ自分の趣味の悪さに笑いが零れた。
先生は、窓にもたれるようにして目を細めた。
「加野君を初めて見たのは、君が中等部の時だったなぁって。」
「あの頃は、可愛かったですか?」
「…まぁ、チビがチョロチョロとまとわりついてきたのは可愛いらしいな、と思ったのは事実だな。」
「大きくなりましたかね?」
「そりゃあもうすぐ十八だろ?選挙権もある立派な大人だろ。…チビはチビのまんまだけどなぁ。」
「御輿先生が無駄にデカ過ぎなんじゃないですか?」
「…そーゆートコロがな、可愛く無いんだよ。」
深く背もたれに預けて居た体を直す間もなく、先生の長い足が僕の椅子を蹴った。椅子は面白いように暗室に進み、内心慌てたもののパイプ椅子にぶつかってようやく止まった。
椅子からずり落ちた不安定な体よりも、暗室の機材や備品に被害が無いかと目を動かした。
吊り下げられていたネガの何本かは、引っ掻けて床に落としてしまっている。
「仮にも写真部顧問なんですから、暗室やネガは大事に考えて下さいよ!」
落ちたネガを拾おうとする僕に、慌てた様子で先生は声をあげた。
「動くな!椅子の下にもネガがあるから!踏むなよ、動くなよ!」
近付いてくる先生が窓の無い暗室に電気をつけた。床に手を付き椅子の下のネガを拾う。僕は微動だに出来ないまま、それを見詰めている。
「よし、動いていいぞ。」
そう言って顔をあげた先生の顔は思いの外に近く、セーフライトで着色されたその顔に、僕は見惚れてしまった。
「加野…くん?」
ハッとして姿勢を正そうとした矢先、地に着かない足が先生の体を蹴ってしまったが、反動で回りだそうとする椅子を先生は体で止めてくれた。
「先生っごめんっ!体痛くない?」
肘掛けを持って体を起こそうとする僕の手に、先生の手のひらが重なる。
蹴ってしまった胸を押さえていた右手も、おもむろに椅子に置かれる。
「ねぇ、先生大丈夫?」
体を起こした先生は僕の顔を見つめる。
一瞬のようでいて長い時間。
長いようでいて、瞬間。
次に重ねてきたのは手のひらではなく、先生の唇だった。
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