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要は、日比谷の劇場に向かう途中、浅黄の姿を見つけると運転手に車を止めるよう言いつけた。
ちょうど、信号が赤に変わったのをいいことに、彼は窓から顔を出して大声で浅黄の名を呼んだ。
浅黄は手招きする要を見つけると、驚いて車に近寄った。
彼が車のわきに立った途端、信号は変わり、要は慌てて浅黄を車に引き込んだ。
「スーツを着ていなかったから、はじめはわからなかったよ」
「いつも、こんな格好ですよ」
浅黄は、自分の着ているカジュアルなシャツとジーパンを見下ろした。
綾倉氏と会う時には身に着けないものだ。
しかし、彼の友人たちは、今日の彼の格好を見ても、決して珍しいとは言わないだろう。
「君はそういう服の方が似合ってるね。私と会う時は普段着でおいで」
彼はスマートフォンを取り出すと、浅黄に差し出した。
「君の連絡先を教えて。会いたいときにいつでも呼び出せるように」
「あなたは、俺を誤解しています。
こういっても信じてもらえないかもしれませんけど、
俺はそういう種類の仕事をしていません」
浅黄は、そういう種類の少年たちを紳士たちに世話する側だった。
そして、その裏にいるのが綾倉氏だった。
綾倉氏自身、同性愛の性向があり、浅黄はその相手だった。
綾倉氏は、浅黄を大きな家に住まわせたり、自分のそばに置いたりはしなかった。
庶民の生活圏で生きる浅黄の存在そのものが気に入っていたのだ。
「そんなことはわかってるよ。
君と友達になりたいんだ。
でも、まさか、おじさんに君と会いたいなんて言えないだろ。
言ったとしても、会わせてくれっこない」
浅黄はセレブの彼と、一庶民の自分が友達になれるわけがないことも、
彼が本気で言ってるのではないこともわかっていた。
しかし、彼の優しい目にはどこか逆らえないものがあり、
彼はスマートフォンを受け取った。
「どこへ行く予定だったんだい?」
「行くんじゃなくて帰るところだったんです。駅の方へ」
「それじゃあ、反対の方向に連れてきてしまってる」
「かまいませんよ。どこで降ろされても、この辺だったら迷わず帰れますから。
急いでるわけでもないですし」
「私はこれからオペラを見に行くところなんだ。
よかったら、一緒に行くかい?
私は会社で、いわゆる文化的な部分を担当していて、
毎日芝居を見に行ったり、コンサートへ行ったり、展覧会に行ったり・・・」
「絵を描いたり?」
「あれ、知ってるの?」
「あの家にたくさんあったのは、あなたが描いたんですか?」
「全部じゃない。きっと、君がいいと思ったのは妻が描いたものだ。
私は妻に誘われて始めたんだ。単なる暇つぶしの一つだ」
「暖炉の上に飾ってあった肖像画は?」
「あれは、自画像。自分で描いたんだ」
「俺は、あれが一番いいと思いました」
「ありがとう」
要は本当にうれしそうな顔をして笑うと、運転手にオペラはキャンセルして、
横浜に向かうよう告げた。
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