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浅黄が部屋に入っても、綾倉氏はチラリとも見なかった。
自分で、二つのグラスに水割りを作ると、1つを浅黄の前に置いた。
「いただきます」
浅黄はネクタイを少し緩めた。
綾倉氏はずっと黙ったままだ。
今もグラスを片手に、新聞を読み続けている。
もっとも、二人が顔を合わせるのは、
浅黄が綾倉氏との約束をすっぽかしてから初めてのことだったので、
浅黄もある程度の気まずさは覚悟していた。
自分の代わりに行った少年は、本屋に本を取りに行かされただけで帰され、
少年はたったそれだけでよかったのかと、翌日浅黄に相談した。
綾倉氏がいつまでも黙ったままなので、
浅黄は自然とおとといのことを考えていた。
おととい、いつものように浅黄は公園で要が来るのを待っていた。
天気が良かったせいもあって、散歩をする人はいつもより多かった。
彼はベンチに座って、ぼんやりと行きかう人を眺めていた。
犬の散歩に来た人、家族連れ、老人夫婦など、
時には観光客に道も聞かれた。
やがて、通る人たちの影が長くなった。
彼の前を通った何人かが、今度は反対方向に、彼の前を通り過ぎて行った。
彼はなぜ自分がここにいるのか、しばらく忘れていた。
それを思い出したとき、ふと、「彰人」という名前が頭に浮かんだ。
彼は立ち上がった。
浅黄は、綾倉氏にグラスを奪われ、我に返った。
「要と会ってたんだってな」
「すみません」
「今度のことでは、ずいぶん、おまえにはがっかりさせられた。
あんなやつにひっかかるようなバカとは思わなかった」
「あんなやつって・・・」
「芸術家気取りで、仕事に関しては能無しだ。
しかも、若くていい男を見たら、見境もなく手を出す奴だ」
浅黄は黙らざるをえなかった。
「それに、私がこのまま黙っていたら、お前はこの間のすっぽかしのことは知らん顔してるつもりか。
お前はそんな男か」
「すみません」
「そんな謝罪の言葉で許してもらえるほど、お前の主人は寛大だと思ってるのか」
綾倉氏は、うつむく浅黄の短い髪をつかみ、自分の方に顔を向けさせて、しばらくの間眺めていた。
綾倉氏が寝室のドアを開けたまま出て行ったのを見ると、
浅黄は枕に顔を埋めて大きなため息をついた。
全身がひどくだるく、このまま目をつぶればすぐに眠れそうだった。
背中にかいた汗が急激に冷えて少し寒くなり、
彼は足元にある毛布を引き上げようと、ゆっくり上体を起こした。
ドアの前に要がいた。
「長いこと、話はできない」
ドアのそばを離れ、浅黄に近づいた。
ベッドの端に腰かけようとしたが、その乱れた状態に顔をしかめると、
少し離れて壁にもたれた。
「おとといは悪かった。
行こうとは思ってたんだけど、おじさんに説得されて・・・。
浅黄、お前のことは本当に好きだ。でも、いつまでも続けられない。
私には妻がいるし。
これからは、おじさんの言う通りにした方がいい。
私は彼の力を借りないと、生きていけないんだ。
私は実際には、おじさんとは血のつながりはないから、
たぶん、切ろうと思えば簡単に切られてしまう。
わかるだろ」
彼はここでいったん、言葉を切り、大きく息を吸うと続けた。
「君の絵は完成させる。涙を流したくなったら、その絵を見ようと思う」
「好きな絵をくれる約束だった」
「そうだったね。何か気に入ったのがあれば、おじさんに言ってくれ。
これだけは許してもらうように、私から頼んでみよう」
「暖炉の上に飾ってあったやつがほしい」
「あんなのがいいのか?わかった。君のうちに送るよ」
要は、部屋に入ってきた綾倉氏を見ると、静かに壁から離れた。
「それじゃあ、行かなきゃ」
要は、今一度、浅黄を見つめた。
浅黄は、綾倉氏に抱かれたばかりの自分が、彼の目にする最後の自分だと思うと泣きたくなった。
「さよなら、浅黄」
「さよなら、要さん」
要はゆっくり部屋を横切った。
彼が部屋を出ると、綾倉氏は静かにドアを閉めた。
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