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お見合い
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「今日帰ってこないかと心配してたのよ。連絡も寄越さないし。また、相手をお待たせして、結局帰すなんてできないのよ。連絡くらいちゃんとしなさい。わかっているの?そうそう、スーツはこの前着ていた紺色のやつ持ってきたんでしょうね。それと、ご迷惑をおかけしたお詫びに何か手土産・・・。」
「わかってるよ。ほらこれ。もうガキじゃないから、そのくらいで勘弁して。」
母親の小言なのか命令なのか判別もつかない、延々と続く話にうんざりしながら、ため息をひとつついた。
自分の部屋に戻ると、もう一度大きく深呼吸をする。
思い出さなくてもいいのに、この部屋に奏太の笑顔があった日を思い出す。自分の情けなさに苦笑いする。
昔、二人でじゃれあっていて落としたペットボトルから溢れたコーラの染みがまるで人の顔のように見えた。その顔が恨めしそうにこっちを見ている。
「わかってるから。別に投げやりな気持ちじゃない。先に進むために選んだんだよ。」
誰に問われたわけでもないのに。床の顔に向かって話しかける。
結局、奏太と俺との間には何も無かった。奏太がそう言うのだから確かにそうなのだろう。俺が振られたんだという事実を改めて教えてくれただけ。
明日は顔合わせ。先方に断られえない限り、受けると母親には伝えた。写真くらい見たんでしょうねと言われて、そう言えば写真が送られてきていたと思い出した。
また小言を言われるのが面倒で「ああ。」と、答える。
シャワーを浴びて布団に潜り込む、明日になればきっと何か変わると自分に言い聞かせた。
眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠っていたようだ。翌朝、高校生のころと変わらず、叫ぶように呼ぶ母親の声で目が覚めた。
顔を洗いヒゲをそり、味のしない朝食を摂る。そしてのろのろと身支度を始めた。
レストランの貸し切られた部屋で、借りてきた猫のようにおとなしく座っているとドアがキィッときしむような音を立てて開いた。
この店、建付けが悪いなとドアの蝶番をぼんやりと眺めていたら、ガタンと音を立てて母親が立ち上がった。
その音に釣られて慌てて立ち上がる。ドアの向こうに立っていたのは、薄いブルーのワンピースを着た女性だった。その女性はニッコリと笑うと、俺の挨拶より先に俺に声をかけてきた。
「木村君、私のこと覚えてる?」
いきなり名前を呼ばれて驚いたが、その笑顔には覚えがあった。
「真田・・・さ・ん?」
「そう、お久しぶりです。覚えててくれたんだ。」
ふふっと笑った笑顔は高校生との時のそのままだった。忘れもしない、奏太のことが好きだと俺に相談してきたあの女の子だった。
簡単な食事を済ませると、少し出かけて来なさいと母親に急かされ二人でその場を後にした。
「びっくりしたのよ。お見合いの話が来た時に、写真見てすぐわかったわ。だから、この前は私のことがわかって、嫌ですっぽかされたと思っていたのに。」
「いや、お見合いの相手がまさか真田さんだとは知らなかったよ。」
「そう?あんまり写真変わってないと思っていたのに。そんなに変わってたかな。」
さすがに見ていないとは言えず、笑ってごまかす。少なくとも相手がどこの誰かわからないよりはマシだ。そう、奏太のことが好きだった同級生ということだけは覚えている。
「ねえ、高校の時の事って覚えてる?」
突然振られた話題に一瞬何を答えていいのか分からずフリーズする。
「えっ?何を?」
「やだ、その焦り方。覚えてるんだ。私が尾上くんのことを相談したの。」
「覚えてるっていうか。思い出したっていうか。」
本当は相手が誰だか解った瞬間に思い出した。けれども伝える必要はない。
「そう?今でも二人は仲良しなの?まだ会ってるの?」
「奏太と?」
「うん。尾上くんと。」
「会ってるっていうか、その.・・・同じ会社に偶然勤めてて。」
「偶然?ふーん。」
そう言うと真田さんはふふと笑った。
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