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畏怖
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空を保育園に送り届けて職場まで急いで、激務をこなしてまた保育園へ迎えに行く。保育園の遊具で遊ぶ我が子を見ると、激務の疲れが飛ぶのは…なんでかな。
「空ー!」
いつもみたいに呼べば、ぱぁぁあという効果音でも鳴りそうな程笑顔を浮かべて「かいくーん!」と叫びながら駆け寄ってくる。
可愛いなんてもんじゃない。
「こんにちは、木下さん」
不意に声掛けて来たのは桜庭さんだ。
「あ、こんにちは、さ…あ、園長先生。」
一瞬言い淀む俺を見て桜庭さんは微笑む。そして小さな声で言った。
「その呼び名が定着してくれるのは嬉しいな。」
呼び始めてたった数日。だけど桜庭さんと関わった時間はその数日の方が遥かに多い。思えば桜庭さんを園長先生と呼ぶ事自体ほとんどなかった。
「すいません…」
「なんで謝るの?嬉しいって言ってるのに。」
この人は…なんて言うか…ひどく大人だ。なんでか分からないけど、この人に言われると胸が騒つくのに逃れられない気がする。
怖い。
そう思ってしまう。
俺は駆け寄ってきた空に「カバンと上着持ってきて」とお願いすると、「うん!」と言って教室へ駆けて行った。
「空君の風邪は大分良いみたいですね。子どもは移りやすいけど治りも早くていい。」
「そうですね。…あっ、あの、ケーキ、ありがとうございました。すいません、一緒に食べられなくて…」
「あぁ、いいよ。突然行った僕も悪いんだし。お客さんが来ていたみたいだしね。」
「あ、あれは俺の弟です…結局弟もケーキ頂いちゃって…」
「構わないよ。むしろ数が足りないとかなかった?」
「はい、それは全然…」
「そう、良かった。彼は弟さんなんだね。確かに言われると少し似ているかな…目元なんかは、特に。」
そう言って桜庭さんは俺の目元に触れる。熱い指先が触れた所から、じわじわと侵蝕される気がする。
俺は思わずその手を弾いていた。
「あっ…」
「ごめんね、急に触って。」
弾かれた手をさすりながら桜庭さんは何でもない様に言った。
「すいません…」
「僕が悪いんだから、謝らないで。」
そう言われてもどうしていいのか分からずについ俯いてしまう。すると後ろからドンッと足に衝撃があって、不覚の事によろめいた。
「わっ」
「おっと…」
後ろから空が抱きついて来たのだと気付いたところでバランスが取れるはずもなく、転びそうになった体を桜庭さんが咄嗟に支えてくれた。
ふわっと香る甘い匂い。
香水とかそういうものじゃなく、本能を駆り立てられるもの。
ハッとして見上げると、桜庭さんと目が合い、
ゾクリとした。
それは桜庭さんにも感じる事があったのか、体を支える手に力が籠る。
いやだ、怖い。
その目に見つめられて心臓が小さくなる気がする。捕食しようとする強者の目がまたそこにある。いつか見たあの目と同じ、隠れたαの血脈。
したわけじゃない。
そうしたわけじゃないのに、桜庭さんが舌舐めずりをする絵が見える。
「大丈夫?」
安否を気遣う声色はいつものまま、優しくて温かい。
「あ…はい、すいません…」
即座に離れて体制を立て直した。空に「急に抱きついたら危ないからね」って言うと、「はーい」とあまり悪びれていない。だからと言って空に何かを言える程心は落ち着いていなかった。
「かいくん、かえろー?おじさんきちゃうよ?」
空に悪気はない。悪い事を言ってるわけでもないが、これは桜庭さんに聞かれていい事ではないと直感する。
「あ、じゃあ、帰ろっか!園長先生、さようなら。」
「はい、さようなら。」
笑顔で見送る桜庭さんに、今の空の言葉が聞こえていなかったわけでもない。
その証拠にあのギラつく目が、俺と空が保育園の門を越えるまでこちらを見ていた事は、その目を見なくとも明らかだった。
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