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愛情の味
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なるべく早くに仕事を終わらせて、残業にはならないように職場を出る。いくら桜庭さんに見てもらっているとはいえ、やっぱり頼り過ぎるのはよくない。昼休みに一度電話をして声を聞いたら、「はやくかえってきてね」と空に言われて胸がギュッとなる。でも、なんだか元気そうでよかった。
帰りにスーパーに寄って食材と生活用品を買う。空が待ってるって考えたら、たくさんは買えなかった。一袋だけを下げて家まで走る。
家について少し乱暴に扉を開けた。その音を聞いて駆けつけたのは朝よりも元気になった空だった。俺の足に抱きついてきて、見上げて「おかえりー!」って言った。
「ただいまー!元気だねー」
「げんき!えんちょせんせーね、ごはんおいしいの!」
う…それは、やっぱり俺のご飯が不味いって事なのかな?
「よ、よかったねー。」
俺がそう言うと空は満面の笑みになった。こんな笑顔が見れるならまずいって言われてもいいや。
「おかえりなさい。」
空の後に続いて桜庭さんが顔を覗かせた。
「あ、ただいま帰りました…ありがとうございます。大変だったでしょう?」
「いいや、いつも子供たちを預かってるからね、1人を相手にしてる方が楽だよ。」
「あぁ、そうですよね。でもご飯も作ってくれたって。昨日のおかゆが残ってたからそれでも良かったのに。」
「うん、でも空くんが思ったより元気だったから、少しはバランスが良いものの方がいいかと思ってね。仕事の方はどうだったの?」
「なんとかなりました。土日はちゃんと休めそうなので良かったです。」
「そう、なら良かった。…じゃあ、ママが帰ってきた事だし僕は帰ろうかな。」
「え!あの、ご飯食べて行きませんか?今日一日見てもらってたお礼に…美味しいものは作れないんですけど。」
「いいの?」
「もちろんです。そのまま帰られたら俺の気持ちが収まらないので…」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。」
「えんちょせんせーもごはんたべていくの?」
空は今までの話を聞いて、目をキラキラとさせながら言った。
「そうだよ。まだ少しは一緒にいれるよ。」
桜庭さんが空の頭を撫でると、空はその手を掴んで部屋の中へと引っ張り込んでいく。
「じゃあもっとあそぼ!さっきのつづきね!」
何をしていたのかは分からないけど、なにやら楽しい遊びをしていたのだろう。家にいても俺は家事をしていてあまり遊んであげられないから、空は桜庭さんがいる事が嬉しくてしょうがないみたいだ。
桜庭さんが空と遊んでいる間にご飯を作ってお風呂の掃除をする。いつもは空と話ながらする事が多いから時間がかかる事もあるけど、今日はいつもよりずっと早くて楽だった。
「ご飯出来たよー。」
「はーい」
テーブルで絵を描いていた桜庭さんと空は、クレヨンやノートを片付けてお皿を運ぶのを手伝ってくれた。やっぱり誰かがいると、空もわりとすんなり言う事を聞いてくれる。いつもなら「もうちょっと!」って言って片付けてさえくれない時もあるのに。
テーブルに並んだ料理は豪華なものじゃないし、形が崩れたものもあるけど、空はもう見慣れているから「はやくたべたい!」って言ってくれる。桜庭さんも全然笑わずに「美味しそうだね」って言ってくれた。そしてそれは食べてからも「美味しいね」って言ってくれる。
桜庭さんが作ればもっと美味しいんだろうな。
「桜庭さんは、いつも料理されるんですか?」
「んー、たまにかな。僕も忙しい時は大体出来合いのものを買ったりしちゃうし、凝ったものとかは本当に時間がある時くらいしか作らないよ。」
「でも、美味しいんでしょうね。」
「さぁ、どうだろう?自分の料理が美味しいかどうかって、なかなか分からないよ。作ってもらう料理はなんでも美味しいと思うんだけどね。」
「俺のはなかなか…もっと上手く作れれば良かったのに」
「美味しいよ。それに、こういうのってやっぱり形じゃないと思う。親が…君が空くんの為に作ったって事がいいんだと思う。そこには愛情が詰まってるからね。空くんはママが作ったご飯好きだよね?」
「すきー!」
「こういうのって、美味しいとかじゃないんだよ。空くんが君のご飯が好きなのは美味しいとか不味いとかじゃないんだろうからね。」
嬉しそうにご飯を食べる空を見る。まだまだ食べ方は上手じゃないけど、自分でスプーンを持って口に運んで、もぐもぐしてから「おいしいね」って笑うのが、俺には凄く幸せだ。
「桜庭さん…なんか、ありがとうございます。俺、ちょっと気持ちが弱ってたみたいで…思いがけない人と再会したりして、気が動転したりもして…でも、見失っちゃいけないものは俺の中にちゃんとあるなって思いました。ありがとうございます。」
「どういたしまして。まぁ、僕は本当に美味しいって思って食べてるだけなんだけどね。」
「最高の褒め言葉です。でももっと見合ったものを作れるように頑張りますね。」
「期待してます。」
そう言って微笑む桜庭さんは、保育園にいるいつもの桜庭さんで、ホッとする反面、心が少し騒ついた。でも俺はその心の反応には気付かない様にした。
その気持ちの意味は、
なんだか良いものな気がしなかったのだ。
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