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クッキングクラス
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「今日は3・4時間目を使って、親睦会を兼ねた調理実習を行います」
白いエプロンをつけた笠木は、グループに分かれた生徒たちを端から端まで見つめながら口を開いた。
隣には、欠伸をかみ殺している慎宮もいた。彼も黒いエプロンをつけている。
「今日は何を作るんっすかー?先生ー」
やる気が皆無な慎宮の質問に、家庭科を受け持つ女教師が答えた。
「ハンバーグです。昼食にしたいので、がっつり作りましょう」
「へー先生ってやっぱ料理上手なんっすか?」
「え?自慢じゃありませんけど、結構自信あります」
「なら俺、先生の手料理食いたいなー。また今度、二人っきりで御馳走してください」
薄い微笑を浮かべ壁に手をつきながらのモデルポーズで口説かれた家庭科教師は、白い頬を赤らめて頷き返した。ノックアウトだ。
その見事なたらし込みに、男子一同からは愕然とした雰囲気、女子たちからは黄色い歓声が飛び出してきた。
「…えー。何か分からないことがあれば家庭科の先生に質問してください。それでは実習を始めましょう」
慎宮達の会話をスルーした笠木の目は若干死んでいた。
副担任の粗相に、ほとほといやになっているのだろう。
生徒たちは「はーい」と軽く返事をしながら調理台に向き直る。
「さあて。作るぞ!」
腕捲りをしながら、リョウはやる気満々の調子で声を出した。
ハルトはめんどくさそうに、机に並べられた材料を見下ろしている。
料理に関心のない彼にとって、どうどといい授業なのでやる気は皆無だ。
「ハルト!ハルト!」
「なんだ」
服の裾を引っ張ってくるシュウにめんどくさげに応答する。
そんな冷たいハルトにめげず、シュウは片目をつむり、ぐっと親指をたててハルトの胸元につきつけた。
「おにぎりなら任しとけ!」
「今日作るのはハンバーグだ」
「俺のおにぎりは母さんの味をも越える!楽しみにしてろ!」
「話を聞け」
不毛な会話を続けている二人の向かい側には、袋を開けているユツキに、遠慮がちな態度で近寄っていくサガラの姿があった。
接近してくるサガラに気づき、「なに?」と優しい眼差しで言う。
サガラはどことなくもじもじしていて、背の高いユツキを上目で見つめながら問いかけた。
「俺がする事ってあるか?」
甘えるような口調と、赤らんだ頬に、ユツキのハートは音をたてて崩れ落ちる。
「サガラは、ここいてくれるだけでいい」
柔んだ笑みを浮かべ、どこまでも甘い色気を含んだ声で言った。
その言葉に、ますますサガラの頬は熱をもった。
そう言ってくれるのはとてつもなく嬉しいものだが、ユツキの役にたちたい。
そんな意図を含んだ視線を送ると、察したユツキの笑みが深くなる。
「なら、野菜を洗おう」
洗ってくれ、ではなく一緒に行動する意思を示すと、サガラの瞳が楽しげに光った。
「べっ別に自分の分ぐらい作れるっつーの!まあユツキがそこまで一緒に作りたいってんなら仕方ないな!」
口ではそんなことをいいながらも、本音は彼の方がユツキと共に調理したかったのだった。
ユツキはそれも理解しており、頷く思慮深さを見せた。
「あれ?俺もしかして空気?」
この流れに取り残されたリョウは、どことなく寂しげに微笑んだのだった。
「玉ねぎってどうきるんだ?」
「包丁に決まってるだろう。猫の手でやれよ。じゃないと玉ねぎが赤く染まるぞ」
包丁を手に物騒なことをいうハルトに、シュウは真顔で聞き返した。
「ここに猫はいないぞ?」
「…材料を押さえる指を全部丸く丸めて…」
小学生でも分かるように簡単なやり方を示したハルトの苦労はなんだったのだろう。懇切丁寧に説明するハルトの背中は、疲れているように見えた。
「たっ玉ねぎが目にしみる!」
「サガラ!」
玉ねぎに含まれる成分のせいで涙をポロポロ流すサガラから、ユツキは慌てて包丁を奪い取った。
包丁をまな板の上に置くと、懐からハンカチをとりだし、涙がたまっている目尻を優しく拭いてやる。
大粒の水滴を拭かれたサガラは、強く瞬きをした。
「なっなんで包丁とったんだよ?別にとらなくてもいいんじゃね?」
「駄目だ。もしサガラの長くて細くて綺麗な指が、怪我でもしたら、俺…!」
最悪の展開を想像し、まるで自分が傷ついたような表情を浮かべるユツキに、サガラはハッとした。
「そんなに俺のこと…ありがとうなユツキ」
「サガラ…」
「はいそこのバカップルー指を絡ませてないで包丁を握れー」
フライパンを熱していたリョウの一言に、サガラ達の恨めしげな眼光が飛んだ。
「なんだよリョウ。てめぇほぼ空気なんだから空気よむことぐらいしろよKY」
「リョウ。いたのか?知らなかった」
「ははは!泣いていい?」
きらりとリョウの目尻に光を反射する何かが見えたが、スルーされた。
生徒達が騒がしく料理を楽しんでいるなか、教師達も淡々とハンバーグ作りにいそしんでいた。
「後は焼くだけですね」
挽き肉とこねて終わった笠木は、凝った肩をほぐした。
慣れないことをすると疲労は普通の何倍も感じられる。
「よっとー。俺、マジ料理うめぇ」
自画自賛しながらフライパンを華麗に操っている慎宮に、笠木は意識を向けた。
ひっくり返されたハンバーグの表面からは良い匂いのが漂い食欲をそそる。
慎宮の腹の虫も呼応するように鳴った。
「あー腹減ったすねー」
「もう少しで終わりですよね?頑張ってください」
「俺、ルイルイ先生のが食いたいっす」
「え?何でですか?」
どう考えても笠木を待たずに食したほうが早くて美味しいのに。
不格好な形になってしまったハンバーグを見下げながら首をかしげる笠木に、慎宮は、あっさり答えた。
「ルイルイ先生のが食べたいっんすよ。好きな人の手料理は男のロマンっす」
「貴方は…誰にでもそんなことが言えるんですね」
心の底から呆れる笠木。
「本気なのはルイルイ先生だけなんっすけどねー」
「はいはい」
無念そうな慎宮の呟きは、笠木に流される。
慎宮のハンバーグが、呆れたように煙をあげた。
思い出したように慎宮は顔をあげ、ハンバーグを皿に移し笠木を凝視しながら言い放った。
「むしろルイルイ先生がくいた」
「はいみなさんー出来上がった人から召し上がってくださいねー」
「ありゃ。見事なスルーだ」
机といすを用意して、自分が作った分を食べることになったが、シュウは浮かない顔をしている。
目の前の皿には焦げた肉の塊。
ハルトに協力してもらってこのざまだ。
もし一人で挑戦していたらおぞましい闇の生物を生み出していたかもしれない。
良かったと胸をなでおろしていいものか分からなかった。
捨てるのももったいない。どう処理しようか。
腹もすいているし、ここは食べるしかないのかもしれない。
自分が出した結果だ。本人が片付けるしかあるまい。
焦げの苦みを噛みしめながら食を続けていると、隣から送られていたハルトの視線を感じた。
少し涙目で見返し「なんだよ?」と苦々しい焦げを吐き捨てるように訊いた。
「それ、本気で全部食う気か?」
それ。ハルトは半分もなくなっていない墨の塊を指さす。
「食べるよ!もったいないだろ!嫌味か!」
「そうか。手伝ってやる」
何の脈絡もなく助言を差し伸べ、固まりきったハンバーグを一口奪い取る。
口に含んだ瞬間、ハルトの端正な顔立ちが苦みに歪む。
ほぼ肉の味はしない。
だが、文句の一つも言わずシュウのお粗末なハンバーグを次々食べていく。
予想しえない行動に、シュウは硬直していたが、ハルトの口から失敗作を掻きだしたい衝動に駆られる。
「なにしてんだよ!まずいに決まってんだろ!」
「ああ。まずいな」
あっさりと本音を放つが、箸を止める気はないようだ。
「ならなんで食べるんだよ!おなか壊すぞ!」
「お前の作った料理食って、壊すんなら別にいい」
「はあ?」
「それより、シュウの料理を前にして残すほうがもったいないだろうが」
彼らの前に座っていたリョウが驚いたように箸をとりこぼす。
「ちょっハルト?それってストレートすぎじゃないか?」
敏いリョウは、ハルトらしくない言動に慌てて身を乗り出した。
その際に、机が激しく揺れ、サガラの箸からハンバーグが落下する。
「なにするんだよリョウ!落ちちまったじゃねーか!」
「サガラ。動かないで」
ズボンの上に落ちたものを素早く拾い、ゴミ箱に捨てたユツキは、すぐさまサガラの頬についたデミグラスソースをぬぐった。
「ついてる」
「がっガキ扱いすんな!」
とか言いつつも嬉しそうに頬をぬぐわれるサガラは放っておいて、リョウはうっとおしそうに手を払ってくるハルトを凝視していた。
「なんだ。見るな」
嫌がられ、仕方なくシュウに視線を移す。
シュウは、リョウがなぜそんなにパニックに陥っているのか分からないといったように首をかしげている。
やがてすべて理解したように阿呆毛が伸びた。
「あっ!そういうことか!」
まさか、さすがのシュウも今ので気付いたのか?
リョウは思いがけない急展開に、こぶしを握り締めた。
ハルトもどこか緊張した面立ちで、シュウの返事を待っているようだ。
クラスメイト達の騒がしい会話や租借音、食器が重なり合う金属音が遠ざかる。
シュウはどこか照れたように頭を掻き、ハルトの肩を強くついた。
「ハルトー!お前、どうしても俺のが食いたかったんだな!」
「ああそうだ」
「そこまでして俺の飯取りたかったのかこの野郎!」
照れたような表情から急変して、一気に不機嫌さに満ちる愛らしい相貌に、リョウとハルトは同時に「は?」と思わずもらしていた。
「俺の取り分奪いたかったんだろ?俺が腹へって苦しむ姿がそんなに見たかったのか!そこまで外道とは思わなかった!俺が全部食ってやる!」
結構怒っているらしく、残ったハンバーグを全部かきこむように胃におさめはじめる。
正気に戻ったハルトにも苛立ちが見え、「もういい」とそっぽを向いてしまう。
部外者であり保護者でもあるリョウは、ハルトのあまりの不憫さに思わず涙腺が崩壊しそうになった。
ハンバーグは、涙の味がしたらしい。
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