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ジョーカーは誰だ
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「ババ抜きやろうぜー!」
元気なシュウの一言で、ほんわかしていた空気は打ち破られる。
「黙れ馬鹿」
難しそうな本から目をあげたハルトの表情はさめきっていた。
読書時間を邪魔されたのが気に食わなかったのだろう。
「ババ抜き?めんどくせー」
ユツキの膝の上で丸まっていたサガラが眠たそうに瞼を開いた。
暖かい日差しが入り込んでくる上に、部屋以上に落ち着くユツキの膝の上で揺られ幸せな時間を壊されたサガラの機嫌はお世辞にも良いとは言えない。
「サガラ。寝ていい」
猫のように眠っていたサガラの頭をそっとユツキは撫でる。
やさしい手つきに、再びサガラは眠りに落ちかける。
ユツキは微笑ましくうとうとするサガラを見つめていた。
二人の世界に入ってしまったサガラ達はあきらめ、シュウは最後の砦であるリョウをうるんだ瞳で見上げる。
「面白そうだな!俺はやるぞ」
サッカー雑誌を読んでいたリョウだけが明るく賛成してくれ、シュウは感涙を流しそうになる。
冷血漢どもが集まったこの場にいると、よりリョウの優しさが引き立つようだ。
まったく嫌がるそぶりを見せず、むしろ大賛成と笑顔を向けられるとやさぐれかけていた心が溶かされるようだ。
シュウはそう思った。
「んじゃあ冷たいこいつらは放っておいてやろう!」
「二人でババ抜きをする気か。筋金入りの馬鹿だな」
小さい文字がたくさん並んだページをめくりながらハルトが呟く。
「?なんで?」
「………あのな」
まったく分かっていないシュウに説明しようと思ったが、途中で心から面倒くさく感じやめた。
「なんなんだよ。んじゃあ二人っきりでやろうな!」
またページがめくられる…と思いきや、めくる途中でハルトの長い指が止まる。
二人っきり。のフレーズのところであからさまな動揺を隠せず、サガラに目撃されて悪い笑みを向けられいるのにも気付かず、おぼつかない手つきでカードを混ぜるシュウを見つめる。
何枚かカードがこぼれ、拾おうとしたのを狙い、先につまみあげる。
「おっさんきゅー」
「…貸せ。混ぜるだけで日が暮れる」
有無を言わさずカードの束を奪い、流れるような速さでカードを混ぜる。
マジシャンと言われても納得しそうなほどだ。
シュウと比べるだけ可哀想なほど器用なハルトだった。
「うわすげー」
ハルトの器用な芸当に眠気が覚め、きらきらした目で彼の手を眺めるサガラに、切なげな眼をしたユツキ。
殺気を孕んで睨みつけるユツキに、ハルトは「なんだこいつ」とまったく恐れずあきれの念を覚えた。
奇妙な攻防戦を繰り広げられている間に切り終え、一度に三枚ずつ分配した。
まどろみの世界から戻ってきたサガラが、元気よく腕を振り上げる。
「俺もやる!」
「…サガラがやるんだったら」
ユツキも渋々といった感じでうなずいた。
「配り終えてから言うな」
こめかみに青筋を走らせながらも、カードをいちいち全部集めるハルトだった。
「揃わねえんだけど!てめぇハルト!わざとだろ!」
「ハルト…本当なら、許さない」
「どうやって狙ってやるんだ。とっとと引け」
「ハルトなら…やりかねない」
「俺はどう思われてるんだ?」
「詐欺師!」
「…邪魔者」
「ジゴロだな」
「腐れ外道だろ!」
「悪童!」
「よしお前ら後で殴る。それと誰だ二回言ったの」
「よっしゃ揃ったー!」
「一枚揃ったぐらいで喚くな座れ」
「サガラ…右から二番目」
「サンキューユツキ!」
「何教えあってんだお前ら」
「6ってさー逆から見たら9だから出してもいいか?」
「どういう根拠だ」
「ははっ皆楽しそうだな」
「俺は楽しくない」
「へっへーん。俺あっがりー」
「サガラ、すごい」
「ちっくしょー!いつになったらダイヤの3はくるんだよ!」
「知るか。リョウ、これ引け」
「そう言われて引くわけな…あっ謀ったな!」
「やっぱり詐欺師だ!」
「よほど殴られたいらしいなシュウ」
「はははっ!いやあ楽しいなあ!」
「…あがり」
「ユツキすっげー!最後流れるようにカードがそろったな!」
「謀ったな」
「サガラがあがったからもう飽きたんじゃねえ?」
「詐欺師はどっちだよ。ったく」
「ハルト」
「いい度胸だ」
「いて!殴ることないだろ!」
「はははは」
「さっきからずっと笑ってるだけだぞお前」
着々とゲームは進み、終わりが近づいてくる。
ユツキとの策謀により一位で通過したサガラ、相方がカードを失くし気合を失くしたユツキ、淡々とただトランプを楽しんでいたリョウがペアになったカードを山に投げ捨てたところで、ハルトとシュウの一騎打ちになった。
二人になったら当然余ったカードも減っていき、ついに各々の所有するカード数は1と2。つまりどちらかがジョーカを隠し持って、それを看破した者の勝利となる。
ハルトの手には1枚。シュウには2枚。
ここでババを持っているのはシュウではなければ、終わりだったがハルトの手にはダイヤの5がある。
ハルトがシュウの策を暴き、ジョーカーを引かなければ彼の勝ちとなる。
馬鹿の考えを読み取るのは、ハルトにとって造作もないことだった。
うつむいて一生懸命カードを見つめているシュウには悪いが、手加減するつもりもない。ここで負かせておけば、自分の立場を理解するだろうし。
一応シュウの準備が終わるまでじっと待っていた。
やがて、シュウはゆっくりと顔を上げる。
その瞳からは劣勢さを感じさせない純粋な光が溢れている。
「なあハルト」
「なんだ。誘導なら俺には効かないぞ」
虚言と真実を織り交ぜた誘惑を発し、彼を惑わそうとしているなら考えが甘いとしか言いようがない。
しかしシュウは誘導の意味がよくわからなかったのか、軽く首を傾げただけだった。
「ならなんだ。もう引いていいのか」
結構な時間をトランプに費やしているので、さっさと終わらせて読書に戻りたいハルトは、せかすように言った。
シュウはトランプを見つめながら、こともなげに尋ねてみる。
「ハルトー右がババだけど、どっち引く?」
場の空気が凍りついた。
皆一斉に馬鹿正直なシュウに視線を集める。
今の言い方からすると、惑わしの言霊ではなく、本心から出てきた問いかけのようだ。
嘘をつくと一発でバレるシュウだったが、だからこそあまり嘘をつかない。
しかしここは下手でもいいから嘘をつく場面ではないだろうか。
シュウの後ろで展開を見守っていたリョウは、目を見開いて右側のカードを凝視している。
どうやら本気で言っているようだった。
長い間シュウと共に過ごしてきたハルトだけが、無表情のままシュウを眺めている。
「なあなあ。どっちにするんだ?」
「馬鹿かシュウ!」
「え?なんで?」
「そういうの言ったら面白くねぇじゃねーか!誤魔化すつもりで言ってんならまだわかるけどよ!」
「だからなんで。嘘ついたらだめなんだぞ!」
「駄目だこいつ!」
引き締まった顔で正論をたたきつける馬鹿に、サガラは髪をかきむしった。
ぼさぼさになったサガラの髪の毛を、さりげなく手櫛で整えるユツキの素早さは尋常ではない。
「ハルト。どうするんだ?」
彫像のように顔の筋肉を動かさないハルトを、リョウはどきまぎしながら見た。
冷血漢の彼は、シュウの純粋な好奇心を崩してしまうのだろうか。
子供が頑張って立てたドミノを無表情で蹴っ飛ばせるほどの男だからな!
リョウはそんなひどいことを悪気なく思いつつ、ハルトの動向を見守る。
やがて無言を貫いていたハルトのため息が聞こえたと思いきや、彼の長い指が決着をつけるためシュウのカードに向かって伸びた。
「やったー!俺の勝ちー!」
「いや、いろいろ負けてるぞお前」
揃ったペアカードを嬉しそうに投げ捨てるシュウに、サガラの皮肉が飛ぶがお構いなしに飛び跳ねる。
「…疲れた」
「お疲れ…ハルト」
どこかざまあみろwという表情を浮かべながらハルトの肩に手を添えるユツキ。
心の中で爆笑していることを隠そうともしないユツキに、苛立ちが上乗せされ、ハルトの機嫌はマイナスメーターを振り切った。
ぬかよろこびをしているシュウと目が合い、心底勝ち誇りながら楽しげな笑みを向けられ、ちょっと機嫌が直ったのは秘密である。
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