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阿呆毛は含まれますか!
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次の日の5.6時間目。
1年生の男子は体操服に着替えて、保健室の隣にある準備室に集合していた。
女子は保健室を使って身体測定を行うのだが、男子だけたった今揃えましたよーといわんばかりの簡素な教室だった。
身長体重などといったプライバシーにかかわる内容は個室で行い、視力検査や座高などの科目は体育館や視聴覚室といった、測るのにベストな教室を使用するので、隙間風が寒いここともすぐに別れを告げるのだが。
それもあいまって、文句を言うような無粋な輩はいない。
何かと優遇されるのは女子の特権であり、世間の常識でもある。
保健室をのぞこうとする変態男どもはいるらしいが。
「うわー緊張してきたぜ!」
無駄に飛び跳ねてはしゃぐサガラを、やさしいまなざしで見守るユツキに、これまた生温かい視線を送るリョウといった奇妙な繋がりができていた。
「体重増えてないかな…食べ過ぎたんだよなあ」
「大丈夫…リョウは、サッカーしてるから」
「そう言ってくれてうれしいぞ!」
意外と仲のいい二人が会話をしていると、黙ってはいられなくなったサガラが不機嫌面で間に割って入った。
「おいお前ら!俺を差し置いて何いちゃついてんだよ!」
「おっなんだ嫉妬かサガラ」
「そっそんなんじゃねーし!」
「大丈夫サガラ。俺にはサガラしかいないから」
「そっそーだよな!俺がリョウなんかに負けるはずないよな!空気代表なんかに!」
「ははは!なんだこの扱いは」
リョウが目元を強くこすったのと同時に、担当教師である慎宮がリョウの名前を呼んだ。
身体検査の始まりだ。
「あっはーい。んじゃあ行ってくるぞ!」
「とっとと行って来い」
「少しでもリョウが縮んでいますように!」
「体重が増えてますように!」
「サガラの願いが叶いますように…」
「畜生お前らなんか嫌いだ!やっぱり嘘だ!好きだぞ!」
「早く来んかい!」
「青春っすねー」
慎宮の隣で待機していた教師がしびれをきらしたので、リョウは反省していない笑い声をあげながら体重計に飛び乗った。
着々と身体測定は滞りなく進んだ。
リョウは3センチほど身長が伸びていたらしく、満足げな笑みで戻ってきたところをサガラに殴られた。
リョウの意地悪によりむくれたサガラだったが、嫌々身長を測り終えて戻ってきたころには満面の笑みを浮かべていた。
「ユツキ!2センチ伸びてた!」
「…よかった」
いの一番に報告してくれた喜びにたそがれているユツキにも、慎宮のだるそうな声がかけられる。
「あー…178?ぐらい?はい次ー」
曖昧に数字を読み取った慎宮に、特に文句も言わずに速攻でサガラのもとに戻るユツキだった。
サガラは戻ってきたユツキに目をやり、体重と身長が綴られた紙を取り出した。
身体測定をする科目が並んでいて、まだまだ空白の部分が目立っている。
これを移動しながら埋めていくのが午後の授業となるのだから楽なものである。
「よっしゃ。次行こうぜユツキ!」
「…うん」
語尾に花がつきそうなほど嬉しそうなユツキの手を引っ張って、サガラ達は退室した。
取り残されたリョウが「待ってくれ!」と泣きそうになりつつ後を追っている間にハルトに順番が回ってきていた。
「んーっと…適当に2メートルでいいんじゃね?」
「どこの巨人族だ。そんなに大きくない」
「じゃあ打倒に176でいいっすよね?」
「適当すぎるだろ。ちゃんと測れ!それだとこの成長期に2センチほど縮んでるってことになってしまうだろ!」
ハルトの正論に、慎宮は何故か額に青筋らしきものを浮かべ、真剣な顔で叫ぶ。
「縮みたい年頃なんだよ!」
「キレるな!誰か笠木呼んで来い!」
押し問答に疲れたハルトが、喉がかれそうになるぐらいの大声で叫んだ。
シュウはやつれて戻ってきたハルトを見上げ、不敵に微笑んでいる。
「なんだその顔は」
慎宮との会話で疲労しきったハルトがやや強い口調でシュウを睨みつける。
獣までも射殺せそうな絶対零度の双眸にひるまず、シュウは堂々と胸を張った。
「見てろハルト!俺の必殺技を!」
「は?何を言ってる。必殺の意味がわかって言ってるのか」
「えっえーと、絶対にやっつけるみたいな感じだろ!」
ハルトの指摘にしどろもどろになってしまったシュウは、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、若干ホッとしつつハルトに指先をつきつける。
「とっとにかく!見てろよハルト!」
やけに自信満々な表情をしてシュウは、ケータイをいじって遊んでいる副担任のもとへ移動した。
なんなんだあいつは。
ハルトは何歳も年下の馬鹿な弟を見ている気分になる。
あいつがあんな顔で断言するときは、だいたいろくでもないことを企んでいるのだ。
これは絶対に面白いんだ!間違いない!
そう言って意気揚々と挑んでみるが、案外普通の反応が返ってくるような。
とにかくあまりいい予感はしない。むしろ嫌な展開になりそうな気さえする。
はなから期待してない、と肩を落として戻ってくるであろうシュウを嘲笑う準備をしていると、予想外の言葉が耳に届いた。
「えーっと…170センチ?おー前より伸びてますね」
「やったー!」
「なに?」
驚きのあまりハルトが声をもらす。
このちびが170センチ台なんてありえない。パッと見でもそれは分かるだろうに。
思わず顔を上げ、シュウと慎宮がいる方向へと視線を向けた。
シュウが得意げな表情でぴっしり背を伸ばしていて、慎宮が彼の頭付近に手を置いている。それだけなら普通の測定なのだが、あの下げるやつが5センチほど宙に浮いていた。
確か頭部の頂点を基準として身長は決められるはずだ。
ん?とハルトの目が点になる。
不可視の身長に喜んだシュウが、慎宮が記入した紙を両手で持って咲き誇れる笑顔を浮かべて戻ってきた。
「ほら見ろハルト!伸びてたぞ!」
「待て待て待て待て。何かいろいろとおかしいぞ」
「?どこが?」
本気で分からないといった仕草を見せるシュウに、ハルトは頭を抱えた。
「全体的におかしいだろ!なんだあの空間は!何のためにどうしてあんなにあいてたんだ」
「あれが俺の身長だ!空間なんてないぞ!」
「嘘つくな!」
すがすがしく威張るシュウの頭にチョップを食らわせれば元通りのちっこい幼馴染に戻るだろうか、と本気で思案するハルトの目が謎の空白に吸い寄せられる。
すると、たちまち謎は謎ではなくなりただの事実となる。
「おい」
「なんだよ…っていたたたっ!髪の毛引っ張るなよ!」
シュウの阿呆毛をむんずっと力強く握ったハルトの瞳が冷える。
見事にシュウの鳥頭ぶりを表現している立派な阿呆毛。
長い長いそれは目測なら8センチを優に超えていた。
「阿呆毛も身長に含まれるって!」
「んなわけないだろアホ。もっかい測り直してこい!」
「嫌だ!だって先生もいいって言ってたもん!」
痴話喧嘩の矛先が自分に向けられた慎宮は「ん?俺?」と言いたげな相貌をした。
「あんたもあんただ。でたらめなことやってくれたら困る」
「んなわけないじゃないっすかー俺はいつも本気全開真剣ボーイ」
わざとらしく髪の毛を掻きわけるが、ここにはメロメロになる女子はいない。
「先生!阿呆毛は身長に入りますか!」
「そりゃ勿論」
即答した慎宮を殴りたくなったが、一応教師なのでぐっとこらえる。
「だから適当にするなって…!」
「なんでー?阿呆毛も体の一部じゃないっすかー?そう、まさしく文学少女に眼鏡が必需品のように、天然の子には阿呆毛は鉄板」
「熱論しなくていい。とにかく測り直せ」
「なんで俺のことなのにお前が出張るんだよ!」
「お前のことだからにきまってるだろう馬鹿!」
「だからなんでだって聞いてるんだよ!」
「あはは。騒ぐんならルイルイ先生が来ないうちに」
慎宮が言い終わる前に、激しく教室のドアが開かれた。
一斉に注目を浴びた我らがルイルイ先生は、息を少しだけきらして慎宮を睨み据えている。
「慎宮先生!貴方まただらけた態度でやっているんですか!?」
視力検査を受け持っていた時に、風の噂で慎宮の
「やだなぁルイルイ先生まで。俺は俺なりに一生懸命それなりの力でいわばテキトーに頑張ってました」
「結局大雑把なんじゃないですか!」
ルーズな慎宮の胸倉を掴んで鬼の形相で揺さぶられるが、あははーっとどこか抜けた表情を崩さない慎宮はある意味図太かった。
「ちっ…面倒くさい」
「ハルトー次のやつ早く行かないと時間が足りなくなるぞ」
「そうやって誤魔化そうとしたって無駄だ」
「うっばれた?」
結局この日は論争に次ぐ論争のせいでハルトとシュウは全ての測定を受けることはできなかった。
放課後二人で測定した時のハルトの微妙にうれしそうな顔を見て、からかったリョウがボディーブローを決められたのは別の話である。
余談だが阿呆毛について意見を熱く交わし合った結果、5センチ以下のものなら許可するという結論になって、シュウの涙を誘った。
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