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廣瀬side
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「さ~、甘えん坊はここまで~」
「……はぁい……」
重厚な木のテーブルがデンと置かれただだっ広い部屋に入るなり言った俺に、寂しそうな声で答えた海だったけど…一応は満足したのか、それまでしっかりときつく回していた腕を放し大人しく離れて行く。
躾の行き届いた我が家の仔猫は俺に言われる前に自ら率先しテーブルの上に広げたスケッチブックを片づけ始める。
感心感心。
「俺に言われる前に自分で片づけるなんて偉いじゃん」
スケッチブックを閉じ、色鉛筆を纏め、通学用のリュックにしまう。
たかがそれだけの作業の割に時間がかかりすぎている気もするが・・・それはそれ、ここは大目に見るとして。
純真な海がそんな俺の心の内を知るはずはなく・・・褒められたのがよほど嬉しいのか、例のうふふ笑いを浮かべ照れくさそうに頬を赤らめた。
「すっかり遅くなっちまったから、おまえも腹空いただろー?ごめんなぁ」
柊学園の2階には事情のある生徒数名と園長並びに葛西が住んでいる為、ボランティアで毎日あこ先生が夕飯を用意してくれている。
ついでだからとみんな口々に海にも夕飯を勧めてくれるらしいのだが、
どうしても俺と一緒に食べたいと断り、いつもみんなが食事をしている間は海だけが1人、ただそれを眺めている。
こっちとしては俺の仕事が終わるまで面倒見て貰うだけでも気が引けるのに、メシまで世話になるわけにはいかないからいいのだが…海のことを考えるとやっぱ心が痛むのも事実だった。
いくら海の食が細いとは言え夜遅くまで何も食わずみんなの食事をジッと眺めてるだけってのは、さすがに辛いだろう。
さっき玄関を開けた瞬間漂ってきたカレーの匂い。
目の前で美味そうにカレーを頬張る柊の面々。
・・・こいつにしたら軽~い拷問だよな。
「…廣瀬さん…お腹…ぺこぺこ…?」
色鉛筆の箱をリュックにしまい終えるとすぐ自分の事は棚に置き、心配そうに海が俺を見上げる。
「まーなー・・・昼からなんも食ってねーからな」
ちなみに昼メシといっても、コンビニのサンドイッチ1袋とコーヒー1杯の質素な質素なメシを時間に追われながら掻き込んだだけ。
……美容師になってから6キロ痩せたのも頷ける。
そんな俺に、ちょっと待って下さいと…海はちっさな声で呟き、ズボンのポケットを探り始めた。
「……ボク…いい物…あります…」
得意げな表情で俺の目の前に握った小さな拳が突き出され『じゃ~ん』というかけ声と共にパッと握った手が開く。
・・・・・と、中から現れたのは皺くちゃのサランラップに包まれた、茶色い・・・・
粉??
サラサラの粉の間に所々でっかい粒が見える。
土???
んなワケねーか。
「・・・なんだ…コレ・・・?」
俺の問いかけなんか全く耳に入らないのか、無言のままさっきまで得意満々だった海の顔は見る見る曇っていく。
八の字に歪んだ薄茶の眉の下、大きな瞳が涙で潤んでいた。
「……あ…っ…クッキー……粉々、なっちゃった…」
あ~、この残骸はクッキーか。
「…あこ先生…とっても上手…褒めてくれたのに…廣瀬さんのハートのクッキー…粉々……もう…食べられない…」
「へぇ~、今日のおやつは手作りクッキーだったんだ?」
家庭科の教員免許を持っているあこ先生はよく子供たちと一緒にお菓子作りをする。
ホットケーキにプリン。
クッキーにポップコーン。
ワイワイ騒ぎながら、その日食べるおやつをみんなで作るんだ。
一見遊んでばかりいるようにも見えるこの学園だけど、
様々な理由から学校生活に馴染めなかった生徒たちは、お遊び感覚のおやつ作りからみんなで協力する大切さや喜びを日々ちょっとずつ学んでいく。
おやつを作ったり、力を合わせみんなで使うベンチを作ったり。
そうやって教科書以外からも色んな事を学び、柊を出た後でしっかり社会に順応出来るよう少しずつ準備をしていってるんだ。
「…ボク…一生懸命、お粉こねこね…しました…おいしくなーれ…おいしくなーれ…何回も言いました…みんなには内緒…お胸の中…廣瀬さん大好き…いっぱい言いました…」
半分泣き顔で、今日の出来事を海は必死に俺に訴える。
たどたどしくて、下手くそな日本語。
だけど…何でかどんな立派なスピーチよりも、いつだってこいつの下手くそな日本語の方が真っ直ぐ俺の心に飛び込んでくる。
・・・そうして、こいつの言葉は心のど真ん中に容赦なく深く深く突き刺さるんだ。
「…廣瀬さん大好き…言ったから…きれいなきれいなハート…出来ました……なのに・・・・・・」
「粉々になっちゃったんだ?」
ん、ん、っと頷いた海の目は心なしか赤い。
「…廣瀬さん…お仕事…頑張ってます…いっぱいいっぱい…頑張ってます…だからご褒美…ハートのクッキー…ボク廣瀬さん…あげたかった……でも…粉々……」
ったくぅ、
ガキのくせに一丁前に人の心配なんかして。
甘えん坊で寂しがりで弱虫で。
自分の気持ちには疎いくせに、人の気持ちには敏感な海。
人の顔色を窺う癖は育ってきた環境のせいもあるけど・・・たぶんそれだけじゃない。
小さな手のひらに載った粉々のクッキーは、ハートなんだかマルなんだか…もう全く原形を止めてはいない。
クッキーだって言われなければそれが何かも分からないくらい無惨な有様だった。
キュッと真っ赤な唇を真一文字に結び泣くのを必死で耐えながら、海の手がクッキーの亡骸を握り締め・・・その手が向かった先はズボンのポケット。
俺は慌てて海の手がポケットへと消える前にその華奢な腕をひっ掴んだ。
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