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廣瀬side
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さっきからずっと天使が耳元で囁いている。
透き通った細い声で・・・
『…ねっチューしよう…』
・・・ん?
ねっチューしよう???
こりゃまたずいぶんと肉食な天使だな。
ハッと目を開いた俺を待ち受けていたのは・・・天使、じゃなくて・・・
な~んだ、海か。
しっかりと俺の腕にホールドされ食い入るようにこっちを見つめていた海は、
俺が目を開けたと同時に薄暗闇でも分かるほど鮮やかに微笑んだ。
あ~、やっぱ天使だわ。
「・・・うみぃ・・・おまえ・・・さっきからなんか言ってた?」
俺が聞くや否や、弾かれたように羽毛みたいな髪がふわんふわんともの凄い勢いで揺れ、海が何度となく力強く頷く。
「…廣瀬さん…ねっチューしよう…です…」
─────ゲッ?!っと目を見開いた俺だったけど、
いかんいかんこれじゃ柊での二の前じゃないか。
海が言いたいのは、
『ねっチューしよう』
じゃなくて、
『熱中症』な。
欲求不満ってのはホント恐ろしいもんだ。
普段ならあり得ないような状況でも、自分の願望をあたかも現実の如く曲解して受け取ってしまう。
まー、この場合『ねっちゅうしよう』なんて中途半端に紛らわしい言い方をするのもどうかと思うけど。
本人はちゃんと熱中症って言ってるつもりらしいから余計にタチが悪い。
「あー・・・うん・・・熱中症、な。
・・・だよな、これからどんんどん暑くなるしお互い気をつけねーと・・・うん、気をつけよう・・・おやすみー」
取り敢えずキョトンとした海にうんうんと頷いて見せ、多忙続きで溜まりに溜まった連日の疲れを少しでも癒そうと再び寝に入る。
認めたくねーけど、美容師になりたての頃はどんなに仕事で忙しくたって、アッチの方も含め全然元気だったのに、今じゃ眠気に性欲が負けるなんて・・・年とるってマジで怖いわー。
「…ねっちゅうしよう…」
「・・・はいはい」
ぼそぼそっと呟いた声を軽~く流し、目を閉じる俺。
ふわっふわの髪に鼻先を埋めれば、サロン仕様のシャンプーの香りと、体臭なんて字ヅラとは程遠い海の甘い匂いがする。
あ~、今夜もぐっすり寝れそっ。
「…ねっちゅうしよう…」
気持ちよく寝に入ったところにいつになくしつこく言われムッと目を開けるも、
俺を待っていたのはやたらと真剣な表情の海だった。
「もう分かったって、熱中症だろ?
水筒と帽子は明日ちゃんと出してやるから、・・・ったく、しつこい奴だな」
腕の中で海が息を飲むのが気配で分かった。
ギュッとTシャツの胸元が引っ張られ、俺はおざなりな態度であやすように薄い背中をトントンと叩く。
・・・こいつ眠れねーのかな?
俺と違って神経の細かい海が寝付くのに時間がかかるなんて珍しくもない事だ。
友達と喧嘩したと言ってはくよくよ悩み、
昼間公園でした鬼ごっこが楽しかったと言っては興奮して寝付けない。
つまりこいつはほんの些細な事でもすぐにその日の睡眠に支障を来す。
それでもこうして抱きしめて背中を叩いてやればたったそれだけで安心するのか、いつの間にか眠っているのが殆どだった。
「……ねっちゅう…しよう・・・なのに……」
胸の中からすべてを諦めたような小さな小さな呟きが聞こえ、
ガサガサと衣擦れにも似た音がした。
少し経ってズルッと鼻水をすする音まで聞こえ、そこでやっと海の異変に気が付いた。
「・・・海・・・?」
・・・・もしかしてこいつ泣いてる?
だけど俺に返事をするわけではなくやっぱりなにもかもを諦めたような鼻声で、
代わりに海はこんなことを言った。
「…ねっちゅうしよう…もう…言いません…うるさいして…ごめんなさい…」
しばらくして躊躇いがちに俺に縋りついた体温を全身で受け止めながら、自分で自分の頭をど突いてやりたい気分になった。
・・・ほんと俺ってバカ。
今までいったいこいつの何を見てきたんだ?
海は自分が眠れないからといって、訳もなく寝ている俺を起こすような奴ではなかったはずだ。
それどころか、
何度も繰り返し眠れない時には遠慮なく俺を起こすよう言って聞かせたって、気を使って1人ジッと心細い夜をやり過ごそうと我慢してきたくらい健気な奴だ。
そんな海がたいした理由もなしに寝ている俺を起こそうと同じ言葉をしつこく繰り返すはずがない。
きっとそこにはこいつなりの止むに止まれぬ事情があるに違いなかった。
「・・・熱中症って・・・おまえもしかして?」
本当に俺とキスがしたかったの?
人一倍照れ屋の海がやっとの思いで口にした言葉・・・『ねっちゅうしよう』。
純粋で無知なこいつのことだから、俺を誘うなんてそんな大それた考えもなく、
ただその言葉を口にすればまた俺がキスしたくなるんじゃないか…くらいの浅はかな考えかもしれない。
それでもやっぱりその短い単語には、こいつなりのせっぱ詰まった想いが込められていたんだ。
忙しい日々の中で、スキンシップが足りなかったのは俺だけじゃない・・・きっと海だって。
俺にしがみつき微かに震える頼りない体。
まるで驚いて捕まえたての臆病な蝶が逃げないようにそっと手探りで顎を持ち上げ、
俺は静かに声をかけた。
「海・・・廣瀬さんおまえとチューしたくなっちった」
・・・逃げるなよ、海。
頼むから逃げないでくれ。
キスしたいのはおまえだけじゃない、俺だって同じ気持ちなんだから。
暗くても分かるほど緊張でガチガチに固まった海に顔を寄せ、その小さな熱い唇を塞ぐ。
柔らかな唇をそっと啄んでいると、次第に濡れた唇にしょっぱい味が混ざる。
・・・泣くなよ。
おまえだってずっとこうしたかったんだろ?
頬を指先でなぞれば、案の定そこはしっとりと濡れていた。
本当は舌を差し入れ、ぐちゃぐちゃにこいつの中をかき混ぜたい欲求でいっぱいだった。
だけど今はそれより先に優しく抱きしめてやりたい気持ちの方がもっと強い。
・・・抱きしめて、俺が今どんなにこいつを必要としているかを伝えることの方が・・・
後ろ髪引かれる想いで唇を解放すると、濡れた唇から小さな吐息が洩れた。
・・・また息止めてたのかよ。
何度繰り返しても一向に慣れることのない海。
いつだって始めての時と同じ反応が、なぜか今は無性に愛おしかった。
「…おやすみなさいのちゅー…廣瀬さん…思い出した?」
「おやすみなさいのチュー?」
おずおずと問われ、今もまだ呼吸の整わない海を薄闇の中凝視した。
・・・おやすみなさいのチューねぇ。
俺の反応に海はほんの少しがっかりしたように笑う。
「…おやすみなさいのちゅー…今日してません…」
必死にキスをねだったのはだからか。
毎晩寝る前にベッドの上でする儀式。
ただ唇を合わせるだけの、俺に言わせたら本当にそれは挨拶程度の行為で、1度や2度忘れたくらいどーってない事・・・でもそれが海にとってはそうじゃなかったって事だ。
「今夜はちゃんと眠れそ?」
「…おやすみなさいのちゅー…しました…だからボク…いっぱい…眠れます…」
うふふ…満足そうに俺の胸に擦り寄るあどけない仔猫には申し訳ねーけど、こっちはいい年の大人だ。
あんな中途半端なキスじゃこの熱は治まらない。
「…ねむねむ…なってきました…」
はぁ~あ、と可愛いアクビが出たところで寝かせてたまるかと慌てて海の耳元に口を寄せる。
「残念だけど、今のはおやすみのチューじゃねーよ」
「…おやすみなさいのチュー…違う?…」
不思議そうに覗く瞳に深く頷き返し、もう1度耳元に囁いた。
「・・・だってまだ寝かせねーもん。
明日はおまえ学校休みだろ?」
「…明日土曜日、です…柊学園お休み…」
「うん、だからさー海・・・これから廣瀬さんとエッチなことしよっか?」
建前は疑問形でも、もちろんNOとは言わせねー。
ま、うちの従順仔猫に限ってそんな事言うはずないのは百も承知なんだけど。
薄暗い明かりの下でも分かるほど耳まで真っ赤になった海は、恥ずかしさに耐えきれず俺の胸で顔を隠してしまう。
「…ボク…廣瀬さんと…えっちなこと………します…」
よっし、そーと決まれば・・・
へばりつく真っ赤な顔を強引に胸から剥がし、おやすみなさいのチューじゃない今夜2度目のキスをする。
・・・セックスがおまけなんて嘘だ。
それだけが全てじゃないけど、
やっぱりそれだって大切。
俺がどれだけ海を好きか、
海がどれだけ俺を好きか。
不器用な俺たちがお互いの想いを伝え合うには、やっぱりこれも欠かせない儀式の1つなんだ。
「・・・愛してるよ海」
そう告げた俺に返事はなかったけれど、
この腕の中で安心したように微笑む海が確かに見えた気がした。
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