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緒方さんは優しくと笑うと立ち上がった。
「んじゃ明日も早いし!戻るか!」
「あ、はい…」
つられるように立ち上がる。
非常灯だけが薄く光る暗い廊下を、緒方さんから少し遅れて歩く。
三年生の部屋を通り過ぎ、二年生の部屋の前まで来た。
「じゃあすぐ寝ろよ。おやすみ」
ポンと大きな手が頭に触れ、離れ際にさらりと髪を撫でた。
そのまま緒方さんは振り返る事なく、今来た廊下を戻って三年生の部屋へと入って行った。
放心のまま扉を開ける。
部屋は凄い状態になっていた。
枕を抱いている者、隣の布団に潜り込んでいる者。
みんなぐっすりと寝入っている。
誰かの身体を踏み付けてしまわないよう気をつけながら、自分の布団に戻る。
隣で寝ていた岡田は本人の布団を蹴っぱり、自分のものだったはずの掛け布団を抱き抱えていた。
自分の布団は譲る事にして、隅に追いやられた岡田の布団を引っ張り、それにくるまる。
ポスンと枕に頭を預けると、急に生々しく、唇に先程の感覚が蘇ってきた。
(キスした…で、付き合うことになった…)
理解出来るのはそれだけだった。
(どこで間違えた…?)
指先で自分の唇に触れてみる。
痺れるような熱が、まだ残っている気がする。
嫌悪感はなかった。
だから嫌ではないと答えた。
(間違ってないよな)
そしたら緒方さんが「付き合ってくれ」と言った。
(間違ってる…よな)
頷いてしまった。
(それは間違えた…)
完璧に流された。
そもそも、緒方さんがいけないのではないか。
緒方さんがあんな真っ赤な顔で好きだなんて言うから。
あんな小さな声で、フラれるのが怖いだなんて言うから。
(緒方さんがいけない…)
でも、立ち聞きした自分もいけない。
いつもこうやって緒方さんの話しのペースに巻き込まれて、でもそれなりに上手いことかわしてきたと思う。
じゃあどうして、もっと上手いことかわせなかった?
(いや、仕方ない)
こちらの予測を遥か上回る、突拍子もない言動をするのが、普通ではない緒方光介という人間なのだ。
だから、緒方さんが相手である限り、これは仕方のない事だったのだ。
(……ん?)
緒方さんだからどう断ればいいのか分からなくて。
緒方さんだから訳の分からない事を言い出して。
緒方さんだから…
(…………え、なんだこれ。混乱してきた…)
それならそもそも、どこで間違えたとか、そういう問題ではない気がする。
自分を呼ぶ大きな声。
真っ赤になった顔。
変わらない態度。
緒方さんの本音。
そういったものを全て踏まえて、理由を伝えて断るしかない。
そう決めたはずだった。
どうして理由を話そうなどと思ったのか。
もう女子と同じように、ただ断ればよかったのではないだろうか。
なんで断り方だとか、そんな小難しい事を考え始めてしまったのだろう。
それもやっぱり、緒方さんだから。
全ての事が「緒方さんだから」で片付く。
冷静だっただろうか。
いや、冷静だったのならこんな展開にはなっていなかったはずだ。
いつから冷静じゃなかった?
いつからかわせなくなっていた?
それはきっと、緒方さんに告白をされたあの日から。
いや、緒方さんに初めて出会ったあの日から…?
(………なんだよこれ…)
これではもうあの夏の記録会から、巻き込まれて抜け出せなくなっていた。
(そういう事…?)
目元まで布団を被る。
ぐるぐると永遠にループし続けそうな頭の中。
ただ、先程までモヤモヤと考えていた事が、これ以上ない程に意図せぬ方向ではあったが、ある意味一つの結末を迎えた。
だからだろうか。
それともあまりの訳の分からなさに、再び思考回路が仕事を放棄してしまったからだろうか。
いつの間にか、眠りに落ちてしまっていた。
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