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「なんでもいいよな?!買ってきたもんに文句言うなよ?!」
そう言って緒方さんは自動販売機へと向かって行った。
「秋月…疑って…悪かった…」
正座によって足が痺れた痛みに耐えながら、田沼さんが謝ってきた。
「秋月、悪かったな」
渡辺さんも謝りながら乱れた布団を敷き直している。
「え…渡辺さんも疑ってたんですか…」
なんとなく軽いショックを受けていると、違う違う、と笑った。
「ババ抜きなんかに付き合わせちゃったからな」
そしてボスンと腰を下ろした。
「最後だろ。俺達三年生には、今日が高校生活、合宿最後の夜だ」
なにかのタイミングでいくつかの別れが来るもの。
それは当たり前の事で、仕方のない事。
でも渡辺さんの顔があまりにも寂しそうで、思わずその顔を見つめてしまう。
「一年生は素直だけどなんかちょっと幼いと言うか…二年生もまぁ、しっかりしてる奴もいる…よな?」
「渡辺、ここはちゃんと褒めとけ!」
田沼さんが肩を叩くと、渡辺さんはコホンと咳払いをした。
「あーうん。で、俺達のなき後は、お前に任せたいと思ってるんだ」
「俺達引退するだけだよな?!戦場に向かう兵士みたいな言い方やめろ!」
田沼さんが再び渡辺さんの肩を叩いた。
「任せたいって、どう言う事ですか」
「うん、次の部長にお前を推薦しようと思う」
「…はい?」
なにを言い出すのだろう。
こんな他人にも大して興味のない自分みたいな人間に、部長なんて務まる訳がないのに。
「お前今、俺みたいな人間に務まる訳ない、って思ってるだろ」
山梨さんがカラカラと笑った。
「…なんで分かるんですか」
「顔に出てる」
「……顔?」
「お前変わったよな。最初の頃は表情筋死んでんじゃないかと思ったわ」
山梨さんは笑いながら目を伏せた。
「緒方と一緒にいる時間が長いし、秋月は不本意なのかもしれねぇけどな」
突如飛び出した名前にギクリとする。
「相変わらず表情は乏しいけど、今困ってるんだろうな、とか、実は心の中で焦ってるんだろうな、とか見てて分かるようになった」
「緒方といる時は呆れてる顔が多いけどね」
瀬川さんが笑った。
「……見慣れてきただけじゃないですか」
「それもあるかもしんねぇけど」
山梨さんも笑った。
「秋月は面倒見も良いし、よく周りも見えてる。まぁ確かに口数は少ないけど、何より高跳びに懸ける思いは本物。無理にとは言わないけど、頭に入れておいてくれ」
そう言って、渡辺さんも優しく笑った。
ガラリと扉を足で開け、緒方さんがペットボトルを抱えて戻ってきた。
「よし!遠慮せず好きなの選べ!」
ドサリと布団の上に置いた。
「おい!布団濡れるだろうが!」
山梨さんが慌てて拾い上げた。
「そこ井上の布団だからいいんじゃないか?」
「どうした部長…最近キャラが迷子になってるぞ
…」
「ねぇ、チョイスおかしいでしょ…なにこのバナナオレきな粉入りって…」
「そんなのが売られてるここの自販機がこえーな…」
「え?うまそうじゃね?」
「じゃあこれ緒方飲んでね」
「え、絶対やだ」
「お前本当にシナプスどうなってんだよ…」
「シナプスの話はやめろ!秋月が怖い事言い出すから!」
「あ、井上寝てる」
「マジかよ?!ペン!ペンを寄越せ!」
「油性がないのが悔やまれるよね。やっぱりえぐる?」
「瀬川さん?!生き生きしすぎですよ?!」
そんないつもと変わらぬやり取りを、傍で眺めていた。
心配だから部屋まで送る!という緒方さんの申し出を断り、僅か30m程しか離れていない二年生の部屋に一人で戻る。
予想通りまた部屋の中は凄惨な事になっていた。
頭の位置から手足の位置を予測し、避けながら自分の布団に入り込む。
渡辺さんの寂しそうな顔が脳裏に残っている。
やはり誰もがそうやって、人との別れや、その場から旅立つ事を寂しく思うのだろうか。
仕方のない事だと知りながら、それでも胸を痛めるのだろうか。
自分にもいつか、そんな日が来るのだろうか。
「ずっと一緒にいたいと思っちゃったんだよ。秋月と」
緒方さんの言葉が蘇る。
自分にはまだ理解の出来ない感情と、それを臆する事なく相手に伝えられる素直さを持った緒方さんが、なんだか羨ましいように思えた。
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