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「あれっ?秋月さん?!」
メジャーとバトンを手に歩いてきた自分を見て、柴田が声を上げた。
ライン引きを片手に多くのバトンを抱えて歩いていた田沼さんだが、歌を聴かれた事にかなり動揺しており、途中で撒き散らしてしまった。
自分は結局メジャーしか持つものがなかったので、そのうちの何本かを持つ事にした。
「秋月サンキュー」
田沼さんにそう言われ、バトンを差し出す。
「秋月さんリレーもやるんですか?!」
何故か柴田は目を輝かせている。
「いや、ちょうど田沼さんがバトンの歌を」
「ちょっと秋月くん?!内緒って言ったよな?!二人だけの秘密だからな?!」
バトンを受け取ろうと差し出しかけた手を大きくばたつかせて、田沼さんが話を遮った。
その勢いに弾かれたバトンがまた転がった。
「あっ!悪い!」
「いえ、こちらこそ」
拾おうとして屈むと、田沼さんの立っている所とは別の角度から腕が伸びてきた。
腕の主は緒方さんだった。
緒方さんはそのままバトンを拾い、田沼さんに
「ん」
と差し出した。
「サンキュー緒方」
途端、田沼さんの顔が強ばった。
何事かと視線の先を辿る。
薄い笑いを浮かべた緒方さんは、その口元には似つかわしくない鋭い目を田沼さんに向けていた。
自分に向けられたものではないのに、ギクリとする。
ほんの短い間、二人は互いの目を逸らさずにいたが、ふっと田沼さんが表情を崩した。
「なに心配してんだよ。独占欲?」
「え?何が?」
そう返事をした緒方さんは、いつもの明るい笑顔を浮かべていた。
状況が掴めず二人の顔を交互に見る。
先程のピリピリとした雰囲気は、もうどこにも残っていなかった。
「秋月ありがとな。さ、走ってくるかぁー!」
田沼さんはライン引きとバトンを手に、トラックへと向かって行った。
「あの、緒方さん」
「よっしゃー!やるかっ!一年生、助走開始位置の確認始めろー!」
「うぃーっす!!」
一年生が散らばる。
名前を呼んだ自分の声など聞こえなかったかのように背を向けられ、遮られた。
聞こえないような小さな声ではなかったと思う。
こんな事は初めてだ。
なにか胸がざわりと騒いでいる気がした。
「秋月!お前はもう一回念入りにストレッチな!」
その声も顔も、不自然な程に普段通りだった。
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