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「はぁぁぁ…マジ井上こえー…」
二人だけになった途端、緒方さんはがっくりと下を向いた。
力の抜けた身体がのしかかって重たい。
「……緒方さん、着替えられないので…」
「おお!悪い!」
そう言ってパッと腕を離した。
「山梨さ、井上には煽るなっつって俺の事全力で煽ってなかった…?」
「……煽ってた?」
「……ホントにどんだけ鈍いの?あー…秋月のユニフォームだけ丈長くできねぇかなぁ…」
「……え、そんなの嫌ですよ」
「ユニフォーム姿なんか見せたら、お前絶対井上に襲われるぞ!」
「…なんでですか」
「ウェアよりユニフォームのが短いだろ?!太腿まで晒すんだぞ!薄い布一枚だぞ?!」
「はぁ…」
「いやっ!これ以上話しを進めるな!もうなにも言うな秋月!誰だこんなハレンチな事を言い出したのは!」
「……ハレンチ?」
「おいっ!そんな言葉口にするな!まだ17歳だろ?!」
「まだ16ですね」
「そうだった!若いな!」
「はぁ…」
「よしっ!」
なぜか緒方さんはガラッと勢いよく窓を開け、大袈裟に深呼吸を始めた。
展開はどうであれ、これで落ち着いて着替えが出来る。
トレーニングウェアに身を包む。
一つ浅く息を吐く。
頭の中がクリアになる。
大会が迫っている。
三年生にとっては負ければそこで終わり。
緒方さんが公式戦で跳ぶ姿を見られるのも、高校生活ではあと数えられるほど。
「ダメだ…ダメだぞ…ユニフォームは神聖だからな…雑念消え去れ雑念消え去れ…あぁぁもぅ山梨があんな事言うから…あー早く跳びたい…練習さえ始まれば忘れられる…」
「緒方さん」
「はいっ?!なんでしょうかっ?!」
「緒方さんが高跳びを辞めたくない理由って、聞いてもいいですか」
思わず息を飲むほど強い目で言った、その理由を聞いてみたい。
憧れてやまない緒方光介という選手が、高跳びを続ける理由。
緒方さんは少しの間目を丸くして、ふっと笑った。
「まだ内緒」
そう言って窓の外に視線を移した。
部室の窓から差し込む日差しは、オレンジを含み始めている。
遠くで誰かの笑い声。
僅かな風が漆黒の髪を揺らした。
どこか遠くを見る目。
でもその目に確かに宿る強い意思に、身震いする程の高揚感を覚える。
「ちゃんと全部話すから、その時が来るまで待ってくれる?」
真っ直ぐこちらに向き直り、真っ直ぐな目でそう言った。
「はい…」
緒方さんは優しく笑った。
練習が始まると、緒方さんはまた恐ろしい程の集中力を見せた。
翼を得て舞い降りると、秋の空を仰いで笑った。
部活終了後、渡辺さんから一、二年生に向けて引退のタイミングについて話しがあった。
分かっているつもりではいた。
それでもまだこの先いつまでも、三年生は変わらずここにいる様な、そんな気がしていた。
渡辺さんが口にした事で、引退という現実がすぐそこまで迫っているという現実を、受け入れなくてはいけないと思った。
誰もがまだ引退して欲しくないと言い、枚方は山梨さんに抱き着いていた。
こうしてついに、大会の日を迎えた。
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