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男娼とヤクザ/シーズン2(第5話)
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『早よう捨てるんやな』
冷めた言葉が、頭の中で反響する。
「捨てる………………」
真っ暗な闇に浮かぶ、眩しい程のネオンの光。
ようやく気付いた気持ちは、見事に木っ端微塵。
救いなんて、そこにはない。
相変わらず格好良い嵩原は、表情一つ変えず大和を突き放した。
捨てる…………………。
確かに、自分はこれまで色んなモノを捨てて来た。
過去を捨て。
親を捨て。
育った世界を捨て。
自分自身を捨てるかのように、この街に来た。
捨てる事なんか、今更躊躇いもない。
躊躇いもない筈なのに、どこか心の隅っこがチクリと痛む。
「……………せやったら、優しゅうなんかすなよ」
まるで、針に刺されたよう。
これって、失恋?
失恋って、こんなんだっけ?
まだ、恋らしい恋もしてないけど。
大和は、身体に感じる痛みに耐えながら、小さく呟いた。
『優しゅうなんかすなよ』
自分みたいな人間が誰かを愛せるなんて思ってもいなかったが、堰を切ったように溢れ出る想いが苦しくて、つい可愛げもない言葉が口をつく。
ホンマ、俺は昔から可愛くねぇ……………。
「大和…………………」
「初めて会った時も襲われた時も、今も!関わる度に、お前は優しゅうしてくる……………無愛想な顔で、いつもいつも無駄に親切してくるやないか!それが、どんだけ俺ン中で揺れてるか、お前わかってへんやろっ!!」
甘え方がわからない。
憎まれ口を叩き、いつもこうやって敵を作る。
だから、結局一人が楽だと思ってしまう。
「ズルいんじゃ、アホっ!!澄ました顔して何してくれとんねんっ………アホっ!!どアホっ!!」
繁華街のど真ん中。
周囲から奇異の目で見られながら、ヤクザの幹部へ対して、この暴言。
明日、海に浮いてたらどうしよう。
いや、いっそその方が楽でいい。
だって、嵩原を見るのが辛い。
嵩原の声を聞くのが辛い。
もう、嵩原を知ってしまった自分が、辛い。
「どア………………」
そして、理解する。
自分の視界が、やたらとぼやけてること。
どアホは、自分だ。
叶わない恋をしてしまった。
「おい………………」
「うっせぇっ!!お前なんか、言われんでも願い下げや………………っ」
驚いた顔でこちらを見る嵩原を無視し、大和は勢いよく身体の向きを変えた。
と言うか、これ以上嵩原を見ていられなかった。
ポロポロ頬を伝う涙を荒々しく拭い、居心地の悪さに逃げ出したのだ。
まさか、泣くなんて。
情けなくて、消えてしまいたい。
「大和っ……………」
遠退く嵩原の声が、胸を締め付ける。
呼ぶな、ボケ。
心の中で叫びながら、大和の足は急いで路地を曲がった。
曲がった途端に、ガクッと落ちる膝。
「ぉわ………………っ」
ネオンの光から隠れたビルの影。
空腹と哀しみと、悔しさと。
複雑な感情が絡み合い、大和の身体から力が抜けていった。
「……………………も、何やっとんねん、俺」
とことん、ガキである。
「嵩原が、相手にせん訳や…………」
「出来るか、お前みたいな手のかかるガキ」
え。
「金拾え言うたり、アホアホ言うたり……………こないにガキに振り回されんの、初めてやぞ」
「たっ…………………」
恐る恐る振り返る、視線の見上げる先。
ネオンの逆光に現れた、それ。
僅かに息を切らした嵩原が、ムッとした顔で仁王立ち。
ひぇ…………………!
マズい、本気で怒らせた?
「ほら、金………………慌てて拾うたから、足りてるか保証はせん」
「あ…………………」
「せっかく、身体張って作った金やろ。大事にせんで、どないすんな」
ヘタり込む大和へ差し出された、嵩原の手。
クイッと手首を掴まれ、大和は手のひらに小銭を握らされる。
360円。
「…………………10円足りひん」
「あ?ほな、逃げんと一緒に探せ」
「えっ…………………」
「10円でも、大切な金には違いねぇやろ」
「いや…………………」
思い切り拒絶され、あれだけ文句言って逃げ出し、まだ一緒にいろと?
「はぁ………………言うたやろ。俺は、いつ死ぬかもわからんて」
「…………………はい?」
「ガキを泣かせるような真似は、しとうないんや。俺かて……………気にならん奴やったら、ここまで構ったりはせん。お前が言うように、それが優しく感じたんなら、そうなんかもしれんし…………自分が優しいなんて、お前が言わへんとわからんかったわ」
「へ…………………」
長い間、極道だけを歩いて来た、男。
自然と身に付いた、感情を殺す生活。
自分は、優しかったのか。
怒れる大和に教えられ、嵩原は我を知る。
「た…………嵩……………」
「言うても、これが惚れた腫れたと繋がる訳やないから、勘違いすなよ」
そう言って、ポンッと頭を撫でる嵩原に、大和の頬は赤く染まる。
拒絶されてはなかった。
なんだよ、恋。
「金、探すやろ?」
その声、大好きなんだ。
「さ…………探すに決もうてるやろ!!」
嫌われてない。
それだけで、ガキの気持ちは一気に跳ね上がった。
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