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進路
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(いつもありがとうございます。書きかけのお話でしたが、本編と登場人物が被ってしまいました(笑)すみません)
「若?何ですか、それ」
マンションの部屋は、既に夕日が色を染める。
「ああ、高橋……あんな…」
ついさっき、大和は花崎に送られ学校から帰って来た。
今日は、もう支部へは戻らない。
帰ってから、直ぐに部屋着に着替えた大和へ、珈琲と出来たてのアップルパイを出した高橋は、真剣な表情でプリントを眺める姿に首を傾げた。
「進路調査……」
「ん……もうすぐ3年やしな……皆、改めて大学を何処にするか聞いとんや。前の調査ン時より、気持ちも学力も変わっとったりするやろ?」
「……なるほど」
なるほど。
そう答えながら、高橋はふと大和の顔を見た。
「もしかして、若……悩んでます?」
「へ……」
「大学、行ってみたい……とか」
これまでなら、考える間もなく『家業を継ぐ』と書いてなかったかな?
わざわざプリントを眺めるなんて、多分なかった。
「あ、いや……ちゃうねん。その…周りが皆大学進学やから……大学行って、何すんやろ思うて。今の学校行くまで、俺は勉強嫌いやったし…まだ勉強するとか、皆すげぇなぁて感心しとる言うか……」
リビングのラグの上で胡座をかき、高橋の用意したおやつを頬張る大和は、少し焦るように言葉を並べ、視線をプリントへ移した。
ヤバい、ちょっと図星だった。
颯達に出会い、徐々に勉強への意識が変わり始めた今、大和の中に芽生えたのは、自分になかった学びに対する興味。
大学って、どんなのだろう。
多くの知識を入れ、将来を担う仲間達の目指す道。
例えば、桜井。
子供の頃から学びに事欠かなかった桜井は、いまだに頭の良さが時折覗く。
あって困らない学力。
これからの極道の世界でも、学んだ事は活かせるんじゃないか?
ふと、同級生達を見ていた大和は考えた。
「そうですか……でも、親父が帰られましたら、一度話してみられたらどうです?」
「え…せやから、俺は別に……」
「若は、まだお若い。色々な世界を見て、回り道して来ても十分遅うはありません。本格的に若頭へ専念してしもうたら、戻りとうても戻られへんようなります……厳しい世界やからこそ、後悔せんと入っていただきとうあります」
「た…高橋……」
ニッコリ微笑む高橋が、迷う大和の視界を塞ぐ。
「特に、ウチは天下の竜童会……本腰入れた後の多忙さは、その辺の組とは比べ物になりませんよ」
天下の竜童会。
毎日、何億もの金が動き、万を超す組員が活動する。
それをまとめる力に、他所を見る暇もない。
嵩原を見てきたからこそ、そこがわかる高橋の言葉。
まだ10代。
出来るなら、数多くの経験をさせてあげたいと思うのも、また愛か。
ガチャ………!
「はぁ…疲れたァ。ダンベエ回りも楽やねぇな」
「親父……っ」
そして、そんな悩めるお子の前に、現れた親父殿。
朝から関東界隈のスポンサー回りをして、ようやくご帰還。
玄関先まで錦戸に送られた嵩原は、大きな溜め息と共にリビングのドアを開けた。
「……ああ、大和。お前も、今日は帰っとったんか?えらい早いんやの」
「うん、まぁ……今夜は支部行かんから」
「ふぅん……そうか……」
さり気無く高橋が目で合図する中、疲れた顔でネクタイを外す父親に、大和は柄にもなくド緊張。
高校を続けるのも紆余曲折。
今でも組員達に負担をかけ通っているのに、大学なんて言ったらどんな顔をするだろう。
「ん?……何や、これ」
「わっ……あ、それは…っ」
なんて、悩む暇はなかった。
ドキドキする手で握っていたプリントを、パシッと取り上げる速さに大和の顔は強ばった。
「進路調査……志望大学記入ねぇ。前も出してなかったか、こんなん。最近は、マメに聞くんやな……で?」
「……で?」
「お前、大学行くんか」
「は……」
「じっとコレ持ってしわい顔しとんや、悩んどる証拠やろ」
後ろで、高橋がクスッと笑ったのがわかった。
親とは、誠に偉大。
リビングに入った瞬間、嵩原が真っ先に目を留めたのは大和の姿。
高橋を前にして何やら考え込む息子の表情を、嵩原は見逃しはしなかった。
「遊んで暮らす言うたらぶん殴るけど、真剣に考えるなら金は出したる。その代わり、ヤクザの息子や……これまで同様、世間は甘うねぇぞ」
「親父……」
「それに、お前がそないな生活出来るんは、組員らのお陰や言うのを忘れたらあかんで」
着ていたコートを高橋へ渡しながら、煙草を口へと運ぶ親父に頬は赤くなる。
「でもな……まだ悩んどる途中やねん……」
「だから、何や?進学決めたら金もかかるし、勉強も今までのようじゃあかん。悩んで当然じゃ……悩まず決めれる程、お前の立場は容易うはねぇわ。よう悩んで、もう一度改めて言うて来い」
「は、はい」
話、早かったな。
「高橋、腹減った……何か出してくれるか」
「直ぐに」
呆然とする大和へ、チラッと顔を向けた高橋が小さく頷いた。
高橋は、わかっていたのかもしれない。
この親父の心。
また若頭として中途半端になりやしないか。
そうモヤモヤしていた自分の考えなど、いざ父親が知るとアッサリ吹っ飛んだ。
「ありがとうございます、親父」
「別に……今なら、多少なりとも自由に出来る金もある。俺が出来ひんかった事が大和がしたいなら、やれるだけの事はさせてやりてぇからな。但し、お遊びじゃ許さへんけども」
「はい、承知してます」
大和がプリントをしまいに行った間、嵩原へ晩酌をする高橋が嬉しそうに笑顔を見せる。
苦労をして来た嵩原の親心と、大和を想う右腕なりの愛情。
二人の親に愛される息子は、なんと幸せか。
さて、大和はどうするのだろう。
大学進学。
同世代の中で生活したからこそ、視野は新たに広がった。
未来は、まだまだ長い。
「クスッ……それにしても、若はホンマに親父が恐いんですよね。何かを報告する前は、毎回とても緊張しておいでで……」
「俺、そないに叱って来たか?京程やねぇぞ。あいつも、意外とデリケートやな」
「ご自分の度量と比べたらあきません」
「それを言うお前もなかなかやで」
確かに。
我が身を囲う親の厚みに、大和は自ずと鍛えられて来た。
そうして、勿論これからも。
この親達にして、唯一無二の息子は出来上がる。
「はぁー!腹減ったァー!何や、スッキリしたら腹が鳴りっぱなしや」
「出た、現金息子」
「うっせぇ!あんたの子やっ」
片付けを済ませ登場した大和のこれが、その証。
大和が、大学?
楽しみがまた増えた。
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