アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
数十億の男(前編)
-
天辺に立つ男は、喉から手が出る程、魅力的。
大和が、山代の刺青に悩み、高橋の愛情に包まれた時間を過ごした日。
この方は、極度の疲労感と戦っていた。
ガチャ………………………
「親父、着きました………………これで最後です」
そう、我らが親父様。
嵩原は、本日、長い長いスポンサー行脚。
現在、夜9時。
ようやくそれに、終わりが見えてきていた。
「だぁぁぁぁぁ…………………もう行きとうない…………」
錦戸が開けたドアから、外へ出る気にもならず、嵩原はシートへもたれ、低い車の天井を仰ぐ。
口には出せないが、世間で一度は聞いた事があるような名だたる連中に捕まり、場所を変えては会い続け、早十数時間。
地獄である。
「申し訳ありません、親父………………」
嵩原の座る後部座席を覗き込み、錦戸は頭を下げる。
今日だけで、何人の成金達と顔を合わせただろう。
堅気のスポンサー、所謂『ダンベエ』。
断っても、次から次へと名乗りを上げてくる。
有り得ない話だが、あるのだ。
ヤクザに金を捧げる。
世間一般には、許されない行為の筈が、現実は後を絶たない。
「……………………俺は、キャバ嬢か」
特に、竜童会は。
「…………………親父…………………」
答えに詰まる、錦戸。
普段は生意気にも、嵩原へ減らず口を叩くが、今日ばかりはその表情は暗い。
自分だって、嵩原をそんな所へ行かせたくはない。
この身で成り代われるものなら、どれだけ身代わりになりたいか。
錦戸は目を伏せ、唇を噛み締めた。
身代わりにさえなれない惨めさが、全身を針の筵に投げ出されたように痛みが覆う。
「アホ、冗談や………………お前が、そないな顔すな。俺は大丈夫やから…………………」
嵩原は、俯く錦戸の頭を優しく撫で、微笑む。
「俺の役目は、お前らの生活を守る事や。それをする為なら、何でもしたるわ」
「…………………………すみません」
何でも。
どんなに不動の存在であろうとも、風当たりの強くなってきているヤクザ社会。
大きな組を保つのは、本当に大変だ。
世の中、そんなに甘くない。
だから、金が必要になる。
例え、何が目的でも、金が。
………………………………『何』が。
「さぁ、行くか………………………次は、誰や?」
半分雲に隠れていた月が姿を現し、嵩原の顔を美しく輝かせる。
目の前には、最近人気の創作料理店。
国産にこだわり、最高級品を揃える、コースで十万は優に超える店。
モダンでオシャレな店先に立ち、嵩原はジャケットから取り出した煙草を口に加えた。
「………………………親父」
それだけで、絵になる。
思わずその名を口にし、錦戸は嵩原の佇む姿に見とれた。
竜童会が、絶大な人気を誇る所以。
この、嵩原竜也がいるから。
嵩原なくして、今の竜童会はない。
他所の組がどうかは別として、竜童会のスポンサーに名乗り出る成金達は、ほぼ嵩原が狙い。
極道界のドン、若き王が欲しくて欲しくて堪らない。
何億、何十億もの金をチラつかせ、何とか一度は嵩原竜也を手のひらに乗せようと目論む。
それだけ、若くしてのし上がった嵩原は、周りに夢を抱かせ、生唾を飲ませる。
言い換えるなら、極道切っての男前、お父ちゃんは、常に貞操危機とも隣り合わせ。
大和には言えないが、その魅惑的な身体も、狙われてます。
「親父…………何かありましたら、直ぐ呼んで下さい」
錦戸は、前を行く嵩原の袖を掴み、不安気にその綺麗な顔を見上げた。
身の程知らずな連中が………………!
金で、嵩原の身体ごと買えると思ってる。
「………………………あ?」
「だって……………………親父…………」
成金達の嵩原を見る、目付き。
自由にしたい。
この男を、自由に飼い馴らしたい。
誰もが、そう言っている。
行かせたくない。
大切なお方なんや……………………。
あんな目に、さらされていい人ではない。
ギュゥ…………………………
スーツの袖が、錦戸の力でシワになる。
行かなくてはいけないのに、行かせたくなくて袖を掴む手に、思わず力が入る。
「………………………錦戸、お前は俺の何を見とんや」
自分の袖を掴む錦戸の拳に手を重ね、嵩原は加え煙草で笑みを溢す。
「は…………………………」
「俺は一度だって、てめぇを安売りした覚えはないで」
金で動かされる程、嵩原竜也は安くない。
顔を上げた先に光る眩しさに、錦戸の目は眩む。
嵩原竜也の、価値。
それは…………………………。
「親…………………………」
「俺達は、どうせ蔑まされた輩や。周りにビビられとっても、腹ん中じゃ笑われとる。ダンベエとして名乗り出る奴等も、口では上手う言うとっても、俺なんぞ、金でどうにでもなる位に思うてるわ」
自分達が、助けてやっている。
そんな笑い声が、目の奥に垣間見える。
金で物言う連中は、そう言うのが多い。
「でもな…………………俺かて、意地がある。お前らを背負って前に立つ、意地があるんや。何十億積まれようが、お前らの想いを裏切るような真似はせえへん……………………嵩原竜也が安うなってしもうたら、竜童会は終いやろ?金は貰うても、最後に笑うてやるんは、俺らや………………………ヤクザをナメなってな」
ヤクザをナメな。
それで、これまで嵩原は、ダンベエから数兆円を貢がせた。
「せやから、お前はデカい面して、俺を待っとったらええねん…………………………な、錦戸」
「親父………………………」
自分を包む温かい笑顔に、視界が占領される。
抱いて下さい。
嵩原の気高い姿に、錦戸はすがり付いて、そう呟きそうだった。
この人が、好きだ。
好きで、好きで堪らない。
自分は、側にいられるだけで幸せ。
自分に言い聞かせて来た事が、こんな時激しく揺らぎそうになる。
「…………………………ほな、行ってくるわ」
「はい………………行ってらっしゃいませ」
軽く手を上げ、前を向く嵩原の背中に、錦戸は頭を下げながら、送り出す。
重厚な木の扉へ消えて行く、背中。
その背中を、錦戸は下げたまま、足音で感じ取る。
徐々に、遠ざかって行く嵩原の足音。
「……………………愛してます………………親父」
ライトアップされた敷石に残された、一つの影。
右腕になって、まだ2年。
でも、一つになると、こんなにも侘しい。
いつの間にか、二人でいる事に慣れてしまってた。
亡き兄が憧れていた筈の嵩原が、今は自分の憧れ。
錦戸もまた、結ばれない想いに、身を沈める。
「…………………………あれ?てか、誰が待っとんか、聞くん忘れとったな……………………」
店員に予約席へ案内されながら、嵩原はふと思う。
最後の相手は、どちら様。
関東にも多くいる、竜童会のダンベエ達。
嵩原が関東に来てからは、合間を見ては挨拶がてらに会い、新たに名乗り出て来た連中に対しては、事前に身上関連の書類を嵩原が受け取り、どうするか判断していた。
「ん………………新規は、もう済んだやろ……………?」
自分の記憶が確かなら…………………今日、既に一通り会って来たような…………………。
「……………………………誰や」
嵩原は、頭に浮かばない存在に首を捻る。
経験上、こう言う場合、ろくな事がない気が…………。
コンコン…………………………
「お客様、お連れ様がおみえです」
嵩原の前を歩いていた店員は、一番奥の部屋で立ち止まると、木で誂えた引き戸をノックした。
「おおきに…………………通してんか」
……………………………は。
関西弁。
まさか、関東に来て、また関西弁。
「つーか………………………この声…………」
嵩原の耳に残る、聞き覚えのある声質。
ゆっくりと引き戸が横へ開き、落ち着いた個室が、嵩原の視線を捉える。
シックな焦げ茶色の柱に、白い壁。
バイカラーの配色の一部に、観葉植物の緑が映える。
そして、1段高くなった畳の上に、モダンな座卓と、綺麗な懐石。
そして…………………………。
「悪いな……………………お前が、中々関西へ帰ってけえへんから、藤原に頼んで席設けてもろうたんや」
いきなり、竜童会総本部長藤原を、呼び捨て。
「まあ、座れや」
慣れたように手を差し出し、正面の席へ嵩原を誘う。
その腕には、超高級ブランドの時計が光り、2カラットのブラックダイヤが光る、シルバーブレスを重ね付け。
襟高の白いシャツに、タイトなベスト。
一見ラフな様で、一つ一つのアイテムは、どれもが上質であり、チャラくない。
「おっ…………おま…………………お前………………っ」
店員の立ち去った戸口に立つ嵩原は、その顔に唖然として立ち竦む。
煙草を手にし、嵩原を笑顔で見つめる表情は、切れ長の二重に、形の良い鼻と程よい膨らみのある唇。
明るめの栗色がかった緩いパーマヘアーが、また若々しさを強調し、イケメン振りをさらしていた。
「ぷ……………詰まり過ぎやろ?…………………竜童会一のダンベエに、つれないやないか………………竜也」
竜也。
「お前の大事な親友が、会いに来てやったんやぞ。………………………今夜は、帰さへんからな…………………覚悟せえよ?」
嵩原を前にして、自ら親友と名乗る、竜童会一のダンベエ……………………?
竜也。
しかも、嵩原を『竜也』と呼べる、男。
「あ…………………安道………………っ!!」
安道京之介、現わる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 241